投稿者: Opekepen

  • 箱が変われば、中身も違ってみえる::デュッセルドルフ K21 美術館

    美術館建築物のレイアウトが違えば、そこに展示された作品のひとつひとつ一が違って見える。たとえば、NYのグッゲンハイム美術館はユニークな建物外観で知られるが、実は内側も面白い。

    建物中央に螺旋状の巨大なスロープがあり、来館者はまず一番上にのぼり、スロープに沿って降りてくる。作品はスロープの外側の壁に並んでいる。

    だから、壁に掲げられた近代アートは、スロープによってつくられた「ある流れ」の中で鑑賞することになる。

    この夏、ドイツはデュッセルドルフの現代美術館「K21」を訪れた時も、建築の構造が鑑賞に与える影響を考えさせられた。

    同時に、美術史において、作品の表現形態や規模が変化していくならば、それを容れる器の構造も変化する事に気付かされた。

    K21の建築物は、19世紀にできた箱形の建物で、とりたて目新しいものではない。

    DSCN5687

    だが、一歩中にはいれば、控えめだが「新しさ」が加わっている事に気付く。

    オリジナルの建築物は回廊状で、以前はここに中庭があったのだろう。

    それが現代美術館として改築された時、

    中庭部分にガラス張りの天井がとりつけられ、

    かつての地面は石のフロアーになって、美術館のインフォメーションデスクやショップが設置されたのだ。

    肝心の展示室は建物の上階にあって、もとの回廊に沿って並んだ部屋が充てられている。

    ひとつひとつの部屋は、ひとりのアーティストの作品だけで構成されている。

    その多くは、空間全体を作品化した「インスタレーション・アート」だった。

    例えば、「アントニー・ロー」の部屋では、床全部に鏡が敷き詰められ、壁には映像が映され、それが床に反射している。

    中央部には階段がしつらえられていて、そこを歩く事ができる。来館者はそこで不思議な映像の世界を丸ごと体感するのだ。

    DSCN5663

    「ヒッシュホーン」の部屋は、おどろおどろしいマネキンやペットボトルや巨大なチェーンが埋め尽くしていた。

    大災害の後のような空間に身をおくことになる。

    DSCN5668

    もちろん、すべてがインスタレーションではなく、写真や絵画などの平面作品もあった。

    だが、ひとつの部屋が一作家による作品で占められているので、結果的に、ひとりの作品世界に入り込む事になる。

    このような構造の美術館ができたのは、1970年代以降、美術作品の規模が大きくなり、

    インスタレーション作品が増えてきた事と深く関わるに違いない。

    確かに、他のアーティストの作品とじかに見比べたり、関係性を見いだしたりは、難しいかもしれない。

    だが、わたし個人はその動きを好意的に受け止めている。

    あるひとりのアーティストの作品をちゃんと理解しようと思ったら、

    そのような規模で、しかも閉じられた空間の方がわかる場合が多いからだ。

    わたしが訪れた時、K21では、トーマス・サラセノというアーティストの特別展示をやっていた。

    だからといって、特別展示室というのが設置されているわけではない。

    どこかというと、かつて中庭だったところの空にはられた大きなガラス屋根の下である。

    彼はそこに巨大なネットをはって、中にメタルな巨大風船をいくつもおいた。

    なんと、そこは人々が歩き回る事ができるようになっている。

    下から見れば、まるで宙を歩いたり、這ったり、泳いだりしているように見える。

    IMG_2019
    IMG_2023

    それだけみると、なんだサーカスかアミューズメントパークとどこが違うのよと、(高所恐怖症の)私は否定的にみてしまうのだが、先ほどの小さな展示室にも彼の作品の部屋があって、ほほうと思った。

    暗い部屋のあちこちに、キラキラ光る糸が張り巡らされたケースがおいてある。

    ひとつのケースに近づいて、よく見ると糸は蜘蛛の糸だった。

    建物の天井全体を使ったシルバーのネットは、なるほど、そのメタファーだったのだろうか。

    ということは、天井を歩く人々は、蜘蛛の餌食なのだろうか。

    みなさん、楽しそうに餌食になっている。

    なかなかのブラックユーモアである。

    トーマス・サラセノもひょっとしたら、高所恐怖症なのではと、私は、勝手に解釈した。

    K21 公式ホームページ


    2015/8/15

  • 祈りとオートバイ:マン島

    アイルランドとブリテン島のあいだに「マン島」という小さな島がある。最初にマン島の事を知ったのは、マシュー・バーニーというアーティストのビデオ作品からだ。

    そこでの伝統的なオートバイレース、「TTレース」をテーマにしたもので、豊かな自然と猛スピードのオートバイのコントラストが印象的だった。

    その後、独自の議会や独自の「国旗?」をもつ独立精神旺盛な島であることも知った。その不思議な旗は記憶のすみに残った。

    3LEGS

    そんな私が、実は、今年6月、「祈り」を目的とするお客様をお連れすることになり、この島についてさらに学ぶ機会をいただいた。

    マン島=オートバイレースというイメージをおもちのみなさんにも、少しおすそ分けしたく、こうしてパソコン画面に向かっている。

    これもご縁なのだろうか。なんと、そのご訪問が 1年に一度のこの島の大イベント、TTレースの時期に重なった。

    というわけで、ロンドンから乗った飛行機は、世界中からのライダーだらけであった。

    島にはとても豊かな自然がある。

    レースの時以外は、素朴な生活のある静かな島なのだろう。

    DSCN4467
    DSCN4484

    でも、けして寂れているわけではない。

    なぜなら、ここの税金はイギリス本国よりも低く、そのため、いわゆるタックスヘブンになっているからだ。

    お金持ちがたくさんここに住んでいるという。

    あの、車のTV番組「トップギアー」のプレゼンター(不祥事で最近辞めてしまった人)も、住んでいるらしい。

    ・・・さもありなん。

    島を走っていても、豊かな生活が垣間見える。

    かと思えば、蒸気機関車が普通に走っている。観光目的ではなく、庶民の足だ。

    DSCN4518

    そんな島が、なぜ、「祈り」の場になるのか不思議に思われた方もたくさんいるに違いない。

    実は、この島には、いわゆる「ストーンヘンジ」みたいなものが、わんさかある。

    しかも、観光地化されていなくて、自然やひとびと生活のなかに残っている。

    妖精伝説もたくさんある。

    DSCN4502

    さらに、ここには ‘世界最古”の「議会」があるという。

    キリスト教文化がはいってくる前の話だ。

    マン島は、ちょうど、アイルランド、スコットランド、ウェールズを結ぶ中心地に位置する。

    その地理的ロケーションのために、

    それぞれの王や代表者たちが、定期的にこの島の中心地に集まり会議をしたのだそうな。

    今もちゃんとそこに石のサークルがあり。 座長が座る石がおいてある。

    その会議の場は少し小高い丘になっていて、360度みわたせる。

    会議のときには、周囲の山々からラッパの音がしたのだとか。

    ご案内した方たちは、そこで寝そべったり、瞑想したりなさっていた。

    耳を澄ませば、ラッパならぬオートバイの音が聞える。

    企画段階のときに、「祈りを目的にされているのに、たまたまTTレースに重なり、環境的に適切ではないのでは?」と心配したのだが、

    「いいんですよ。ある意味、この島にエネルギーが集まっているのですから」とおっしゃった。

    なるほど。

    本レースは翌日からだったが、みんながルートの下調べや流しにきていた。

    DSCN4473

    これが、本レースのゴール。

    DSCN4542

    地元の女性タクシードライバーさんは、とてもよい人で、

    レースのために島のレストランはどこもいっぱいだろうからと

    オーガニックの店から食材を買い揃えて、海を見下ろす丘の上でピクニックを用意してくれた。

    DSCN4476

    レースをさけて、わたしたちの祈りの目的をみごとにかなえてくれたのは、いうまでもない。

    彼女は、なぜマン島がレースの場になったかという興味深い話も教えてくれた。

    レースがはじまったのは、なんと1907年。これだって充分古い。

    わがままな英国王子が、自分がみたモンテカルロのレースをイギリスにももってきたかったのだそうな。

    でも、イギリスのどこにもそんなレースが自由にできるようなところはない。

    でも、はたと、「レースをやっても、誰も気にしないところがひとつだけある。そもそも、スピード制限もない。」

    場所があることに気がついた。

    それが、「マン島」だったのだ。

    マン島の人にとっては、迷惑な話だろうが、今では、世界に「マン島」ありと、しらしめる重要なイベントなのだろう。

    ここに集まってきたライダーたちは、みんなキラキラした目をしていた。

  • スコットランドのアイデンティティーと小さなミュージアム

    12日間の北スコットランド旅を終え、ロンドンに戻る飛行機の中でこれを書いている。旅行中、様々なところで、青地に白いバッテンのスコットランドの旗を見かけた。

    行政機関の施設とかサッカー場とかではない。一般の家が掲げているのである。スカイ島の宿では、キッチンにあった全てのマグが「YES」キャンペーンの記念のものだった。

    「YES」キャンペーンとは、一昨年に総選挙が行われた時の「スコットランド独立運動」を支持する運動だ。

    あの時は、わずかな差で、UKからの独立にはならなかったけれど、熱い思いはさめておらず、つい1ヶ月ほど前に行われたUKの総選挙の結果に大きく影響する事になった。

    ロンドンの国会でスコットランド国民党(SNP)が大きく議席をのばし、スコットランドでは強いはずの労働党が反対に大敗したのである。

    旅をしがなら、スコットランド独立への夢はけっして消えていない事が実感された。

    ところが、オークニー島を旅していると、スコットランドの旗の他に、見かけない旗をよくみた。

    オレンジ色の地に、黄色と紺の十字の旗である。ノルウェーの国旗に似ている。

    でも、いくらヴァイキングの時代が長かったからといって、ノルウェーの国旗をこんなにみるはずもあるまい。

    あとでわかったのだが、その旗は「オークニー島」の旗なのだ。

    ここは、やはりイングランドでもスコットランドでもない。

    スコットランドに住む人々がすべて、「スコットランド人」というひとつのアイデンティティーをもっているわけではない。

    スコットランド本島でも、西半分はもともとケルト語を話す「スコット人」のエリアであり、

    東半分はその歴史背景から、ヴァイキングの血がはいった「ノース」人のエリアなのだ。

    町の名前の響きだって、東と西では違う。

    オークランド島では、教会に掲げられた家紋やフェリーのロゴ、土地のアーティストがつくるジュエリーのデザインなどに、

    ヴァイギングのイメージをみかけた。

    また、今回旅した厳しい自然をもつ北部は「ハイランド」と呼ばれ、

    よりイングランドに近く比較的穏やかな風土をもつ南部の「ローランド」とは区別される。

    スコットランドでは、言語や人種、地域という大きな括りだけではなく、さらに、「クラン」といわれる家族(氏)や土地との繋がりが強い。

    よく知られる「タータンチェック」は、クランによって色や縞のパターンが異なる(クランタータンは比較的新しい伝統ではあるが)。

    いわば、アイデンティティーの象徴だ。

    ところで、ハイランドをドライブしていた時、石造りの伝統的な家の廃屋をあちこちで見かけた。

    また、「ハイランド・クリアランス」という言葉をよく耳にしたが、それら廃屋はクリアランスの結果だと後で知った。

    「ハイランド・クリアランス」とは、18世紀におこった暗い過去で、

    簡単にいえば、その土地の地主たちが、自分の土地から効率的に利益を得るために、その土地に住む小作人たちを強制的に追い出した出来事である。

    単にそれだけで説明する事もできないようで、その背景には、長年にわたる不作や人口の集中などがあったのだが、半ば強制的な追い出しがあった事実も見逃すわけにはいくまい。

    土地を追い出された人々は、新世界であるカナダやオーストラリア、ニュージーランドに向かって、新しい生活と新しいアイデンティティーを立て直さなくてはならなかった。

    ハイランドも北の端、Strathnaverという村 にその「ハイランド・クリアランス」をテーマにしたミュージアムがある事がわかり、訪ねることにした。

    小さいし、お金もかかってないけれど、とても興味深いミュージアムだった。

    まず、セッティングが面白い。ミュージアムの建物は、実は、この地区のかつての教会だ。

    教会といえば、昔はコミュニティーの精神的な中心だ。

    教会墓地は、今もその建物の周りにあって、たくさんの墓碑が並んでいる。

    墓石に「マッケイ」さんという氏をたくさん見かける。マッケイというクランのひとびとなのだ。

    ミュージアムの中には、かつての土地の人々の暮らしぶりがわかるコーナーのほかに、

    「クリアランス」がおこった背景や、実際に起こった出来事、その影響などを説明したコーナーがあるのだが、面白いことにその展示をつくったのは地元に住む子供たちである。

    現代のアーティストがこの村の歴史や風土に触発されてつくった作品も並んでいる。

    あるいは、ファミリーヒストリーの調査サービスがあったり、アーカイブとしての役割も果たしている。

    ミュージアムのそばにあるカフェで休憩をしていたとき、他のテーブルでの会話から次の事がわかった。

    追い出された人々の子孫たちが、自分たちのルーツを探して、このミュージアムと墓地にやってくるのである。

    また、旅の間、スカンジナビアからの旅行者ともたくさん出会った。彼らにとっても文化的なつながりの深い土地なのだ。

    スコットランドでおこったアイデンティティー運動は、世界中に同時派生的に出ている感情的なムーブメントだと思う。

    この青字に白のバッテン旗に触発されて、オークニー島でもあのオークニーの旗が掲げられるようになったのではないだろうか。

    それは、世界規模でおこっているグローバリゼーションと切っても切り離せない社会現象に相違ない。

    今回の旅行は、ロンドンから見ていては見えないような、土地と風土と歴史と文化と人々の繋がりを、

    身体的に実感できたという意味でも、とても有意義な旅だった。

    実は、仕事の縁があって、いったんロンドンに戻って4日後には再び、スコットランドに戻ってくる。

    その時は、スコットランドの都エジンバラ、そしてローランド地方を拠点に動くことになる。

    そこで訪ねるつもりの大きなミュージアムの展示をみながら、あるいはローランドの風土を感じながら、

    スコットランドのアイデンティティーについて、もう一度考えてみたい。

    2015/6/2

  • 5000年前のリビングルーム:オークニー島

    ご存知「ストーンヘンジ」は、英国の重要な文化遺産。Stone Henge と固有名詞になっているくらいだが、英語表記からわかるように、巨石遺跡の一般総称であって、実は、イングランド、ウェールズ、アイルランド、スコットランド内に、たくさん点在している。

    なかでも、オークニー島はその古代遺跡の宝庫だ。その事をある歴史学者の本で知ってから、いつかいってみたいと思っていた。今日やっと念願が叶う。

    巨石遺跡といえば、エジプトのピラミッドの例のように、パワーをもった人の墳墓とかパレスとか、そうでなければ、「ストーンヘンジ」のような儀式の場と相場がきまっている。

    だが、オークニー島の遺跡の魅力は、新石器時代の普通の人々の生活がわかる事にある。

    Stromnessから車で30分、のどかな緑の放牧地や静かな湖を抜けると、白い砂浜を抱いた青い海岸線にでる。

    そこに、北ヨーロッパでもっとも保存状態がよいといわれる古代遺跡、Skara Braeがある。

    紀元前、3500年の集落だ。

    「ストーンヘンジ」が紀元前2100年。

    ギザのピラミッドだって、紀元前2500年。

    ピラミッドだって恐れ入るけど、それより、なんと1000年も古い!

    そんな太古の昔に、どんなに心地よく工夫して人々が暮らしていたことか!

    きれいに積まれた石壁でかこまれた丸い家々が、10(現在わかるだけで)ほど集まっている。

    それらを結ぶように通路ができている。各家の中央には暖炉がある。暖炉を囲むように、ひとりひとりのベッドがある。

    ベッドには動物の毛皮やわらが敷かれ、マットレスになった。ベッドのそばには、石の飾り棚があり、日用品が並べられていたのだろう。

    その奥まったところからは、貝や石でつくられた装飾品がでてきたという。スタイルつまり文化があったのだ。

    暖炉のそばには、水槽があって釣られた魚やロブスターがはいっていたと推測されている。

    太古の冷蔵庫だ。

    なんと、インドアトイレまである。

    家をでれば、すぐそこに青い海が広がる。

    豊かな食材の宝庫だ。

    繰り返すが、今から5000年以上も前の生活である。

    もちろん、ストーンヘンジやピラミッドは息を飲む壮観さがあるが、

    こちらは、人々の生活の匂いがする。

    よい環境で、少しでも心地よく暮らそういう工夫がみえる。

    Skara Braeは、1850年の嵐によって露出するまで、何千年もそこに眠っていた。

    だから、こんなに保存状態がよいのだ。

    あの飾り棚も、ほぼ当時ののままの状態で発見されたという。

    オークニー近辺の古代史は、今も発見の途上にある。

    Skara Braeから車で20分ぐらいのNess of Brodgarという所には、

    国際考古学グループによって発掘調査がすすめられているエリアがあり、

    次々に新しいことがわかっているそうだ。

    Ness of Brodgarは、二つの湖に挟まれた細長く狭い土地で、自然がつくった魅力的なセッティングだ。

    そこに立っているだけで、不思議なパワーを感じる。

    古代の人々もそのロケーションに魅了されたのだろうか?

    そのミステリアスな自然環境のなかに、崇拝の場所や集う場所、暮らす村を選んだに違いない。

    Ring of Brogdar (推定BC2500)と Standing stones of Stones of Stenness (推定BC3100 BC) というストーンサークル(いわゆるストーンヘンジのような巨石文化)、そしてBarnhouseの新石器時代の村(推定BC3100 BC)だ。

    その家々も、Skara Braeのように、石の家具や炉があり、シンメトリーでシンプルで美しい。

    そこで発見された石には、彫りが施されていたのだが、

    この時代によくあるように、動物や人間を描いたようなものではなくて、

    三角や円や線を組み合わせた幾何学的なもので、鮮やかな色がついていた事が調査から明らかになっている。

    古代人の、まさに「ミニマリストの家」だ。

    オークニー島には、ロマンがある。

  • オークニー島:スカンジナビアの匂いのする港町

    北スコットランド旅8日目。夕方のフェリーで、スコットランドを離れて、さらに北の島、オークニー島に向かった。目指す港町は、島の第二の都市 Stromness。

    1時間半の短い航路だが、ヨーロッパでも最も危険な航路である。アクセスの困難さが、この島へのロマンを呼ぶ。

    Stromnessに着いたのは夜の8時。5月末の北ヨーロッパではまだ明るい。

    3日間滞在の拠点になる宿は港に面した家だ。

    港に着くや、この町がイギリスともスコットランドとも違う事に目をみはった。

    小さいながら風情のある漁港の佇まい。石畳の曲がりくねった細い道。

    建築物には赤い色の石が使われている。その建築様式も独特だ。

    明日は早起きして、この町を歩いてみよう!

    翌朝カメラ片手にぶらついた。

    きのうの印象はより濃くなった。

    イギリスにいるとはとても思えない。

    徐々にわかっていくのだが、

    この島はヴァイキングによって支配された時代が長く、

    スコットランドの地になるのは、なんと15世紀になってからだという。

    私たちが泊ったのは、この港を目の前にした小さなキッチン付き一軒家。

    これまでの宿とはひと味もふた味も違う。

    かつては倉庫か船造りの町工場だったのではないかと思う。

    港に面した大きな窓から、天気や時間、陽の指し方だけではなく、

    港に出入りする船の様子や鳥たちの様子をみていても飽きなかった。

  • ブリテン島の陸の孤島

    スコットランド旅、5日目。朝、ウォーキングに向かったのは、Achiltibuie村のある半島の付け根。地図上の距離では、ハイランドの幹線道路と近くにあるのだが、幹線道路とその付け根部分を結ぶ車道はない。

    その海岸線は、道路が敷けるような環境ではないのだろう。だから、2日前ここに入ったときも大回りしながら、クネクネ道を走ったのである。

    今朝は、車がはいれるぎりぎりのトッツキまで行き、そこに停車して、その先に続く「フット・パス」を歩くことにした。

    ゴースの黄色い花が咲き乱れ、その香しい匂いがあたりに漂う。

    時折、色鮮やかな家や石造りの小屋が点在する。

    羊たちの群れの向こうには海が広がっている。

    なかなか絵になる風景だ。

    red house post man

    その先にも道が続いているのだそうだが、

    昨日の事もあったし、ここもかなり長く厳しい道のようなので、

    今回はそこで断念した。

    ところが、後で、Joさんの本を斜め読みして知ったのだが、

    その道は、ハイランドの中心部と結ばれた唯一の道だった。

    あの2日前わたしたちが通った車道ができる前の話である。

    post man

    かつて、このAchiltibuieにくるために、ポストマンは20キロ以上の険しい道をとおったという。恐れ入ってしまう。

    文字通り、このエリアはブリテン島の陸の孤島だったのだ。

    そんなロケーションに住む人々の生活は厳しかった。

    時には凄まじい貧困とか飢餓とかがあったらしい。

    ところで、わたしたちのホストのJoさんは、母屋の方に一人で住んでいる。

    たぶん、70代半ばぐらいの方だと思う。

    きれいな英語を使われたので、ご出身を聞いてみた。

    「いえ、わたしはもともとロンドンなんですよ」

    「リタイアーしたし、子供たちも大きくなったから、

    27年前、ここに住み着いたんです。」

    「犬もいたし。ここが大好きで」

    「あなたたちが泊っているコッテージは、昔、牛小屋だったんですよ」

    Jo House

    高齢の女性が一人、こんなに田舎の家で暮らしている。

    イギリス人の高齢者はとても自立していて、

    それなりに自分の人生を楽しんでいる人が多く、いつも感心してしまう。

    かつては寂れた部落も、

    Joさんみたいな人がいたり、ウォーキングやシーカヤッキングが好きな都会人がやってきて、今は人口が増えているという。

    最後に、今日のごほうびの写真。肉眼で発見。

    まさか、出くわすとは思わなかった。

    dear horn

  • オットセイの楽園

    イギリス人もスコットランド人も、自然を歩くのがほんとうに好きだと思う。「歩く事」が文化になっている。

    パートナーのJのおかげで、新しい趣味がわたしにもできた。

    歩く事が文化だから、それを支える様々なシステムができている。たとえば、英国では全国津々浦々に「フットパス」というのが巡らされている。

    簡単にいえば、たとえプライベートの土地でも、基本的なルールさえ守れば、誰もが自由に歩けるというしくみだ。

    Jが誇らしげに語るには、フランスでは「フットパス」が政府主導でつくられたのに対し、

    イギリスでは、人々の間でそういう習慣が自然にできあがったらしい。

    若干、長年の宿敵フランスに対する見栄があるように思えなくもないが、

    それはさておき、歩く事が「文化」になっているのだと、やはり思う。

    そのおかげで、全国くまなくカバーされた、とても細かい地図さえある。

    ホストであるJoさんちのコッテージの本棚にも、

    この近辺の歩く用の細かい地図やウォーキングのしおりがあった。

    今回は、それを拝借して、海岸部に沿って小さな半島をぐるっと廻るコースをきめた。

    車を最寄りのパーキングスペースに停め、海に向かった。

    川と小さな沼地と海と、砂場と岩場と、不思議な色のハーモニーを演出している。

    masy land and jamie

    しかし、穏やかなのはそこまでで、そこからは、大変(少なくともわたしにとっては)困難なルートを行く事になった。

    フットパスといっても、これが道なのか?というような感じ。

    いや、かろうじて獣道みたいのが確認できるなら、まだましで、

    まさに言葉どおり「道なき道を行く」。

    時には、深い草むらや灌木の湿地帯だったり、海岸線の崖っぷちだったり、ゴーゴーと流れる激流の川沿いだったり・・・。

    そのような状況で、どのルートをとるか判断するのはとても難しいと思うのだけど、

    先をいくJは心得たもので、時に細かいマップやGPSにたよりながらも、道を探し出した。

    moor field red

    わたしは悲鳴をあげながら、あとについて行った。

    なにを隠そう、実は高所恐怖症なのだ。

    崖っぷちを歩く時には、文字通り膝がガクガク鳴っていた。

    一見歩きやすそうな湿地帯だったって、深い草むらの下に、小さく深い水たまりが隠れている。

    そこにはまったら、ひどい目にある。

    海岸沿いだから、ものすごく風も強い。しかも、時折強い雨が降った。

    鼻水と涙を流しながら(強風に吹かれるとそうなる体質)、

    ウォーキングシューズの中もぐしょぐしょにしながら、

    時に尻餅もつきながら、必死に歩いた。

    なんでこんな人っ子ひとりいないようなところを歩くんだろう。

    誰がこんなとこにくるもんかと、

    なんでこんな品のよい日本人をひっぱってくるのよ!とブツブツいいながら、

    しかし、ここまで来たら、いさぎよくついて行くしかなかった。

    やがて向こうの方から、人影が。

    一組のカップルが、道なき道をさっさと通過して行った。

    「ここは、わたしたち3度目なのよ。今日はなんか歩き足りなくて、予定をのばす事にしたの」

    やっぱり、エゲレス人は自然のなかを「歩く」のが好きだ。

    でも、歩ける道だとわかって、少し安心した。

    こういうハードな道を歩く時は、後でよい事が待っていると想像するのが一番。

    私の場合、それは、美味しい酒と料理とか。

    これがもしも日本だったら、そのリストに絶対に「温泉」をいれるのだが、

    スコットランドでは、温かな湯をはった湯船でがまんするしかない。

    もう3時間も歩いただろうか、ある高台に上りつめたら、

    その向こうに隠れた静かな湾が待っていた。

    波が押し寄せるところには、一軒の石造りの廃屋がある。

    bay with a old house

    こんなところに人が住んでいたなんて!

    どうやって生活を営んでいたんだろう?

    そもそも、どうやって他の地域と行き来したのだろう?

    などと想像していたら、

    Jが叫んだ。

    「オットセイだよ、ほら、あそこ。あんなにたくさん」

    ほんとだ!

    こんどは、肉眼ではっきり見える。20匹はいるだろうか。

    先日スカイ島で遠見したオットセイたちは、

    そろいもそろって岩盤の上で、ひなたぼっこをしていた。

    ずんぐりした図体を横たえて、うだうだとリラックスしていたけれど、

    今回みるコロニーのオットセイたちはとても活発だ。

    日向ぼっこ組もいるが、海で泳いでいるのがたくさんいる。

    子供たちなんだろうか。

    追いかけっこしたり、ジャンプしたりして遊んでいる。

    seals sunbathing
    seals playing

    向こうも、こちらに気がついたようだ。

    海から顔だけだして、こっちをじっと見ている。

    わたしたちがちょっと動くと、

    日向ボッコ組 −きっと親たちなのだろう−が、一斉に海の中にはいってしまった。

    でも、けして遠くにはいかないで、少し離れたところでこちらをみている。

    子供たちはあいかわらず、たまに海から顔をだして私たちの様子をうかがいながら、

    遊びに興じている。

    楽しそうだから、わたしたちもそこでサンドイッチを食べる事にした。

    さっきの風雨はうそのように静まりかえっていた。

    荒い波も、この小さな湾では穏やかになっている。

    ここは、オットセイたちのパラダイスにちがいない。

    わたしも「温泉」の事は忘れてしまった。

    ここまでなんとか歩いてきた事に対する

    かけがえのないご褒美である。

    ランチを終えて、もうぼちぼち出発せねばと、立ち上がった。

    先に進むには、湾に降りて行かなければいけない。

    オットセイたちの平和で楽しい時間を乱してしまうようで、申し訳なかったけれど、

    どうやら、老婆心だったようだ。

    湾を降りて、廃屋の脇をとおり、反対側まで行ったら、

    なんと、子供のオットセイたちがわたしたちの方に近づいてきたのだ。

    彼らは、海から顔だけだして、わたしたちを目で追っている。

    たまに、海のなかに水しぶきをあげてジャンプしながら。

    好奇心たっぷりのオットセイたちだった。

  • スカイ島で出会った野生動物

    雨があがった。午後には日が射すという。サンドイッチをつくってウォーキングにでかけるとしよう。目指すはスカイ島の西の半島、Duirinishというところ。

    そこには、スコットランドにはめずらしく白い砂浜があるという。いや、正確には砂ではない。珊瑚礁の死骸だ。

    冷たい海に珊瑚礁が広がっているという事自体も意外だった。

    雨がやめば、人が外にでてくる。出てくるのは、もちろん人だけではない。

    車を停めて、海岸沿いに歩く事1時間。

    犬を連れた人々に出くわした。

    みんなリードはつけず、自由に歩かせている。

    まだ曇り空の下、それはそれでミステリアスな風景だ。

    man and dog

    ふと、地面にたくさん穴が空いている事に気がついた。そこいら中に豆みたいなのが転がっている。

    どうやら、この砂浜はうさぎの集落があるらしい。

    と、なんと目の前の穴からうさぎがでてきた。

    二匹いる。まだ子供なのか?

    ばらばらと人が歩いているのに。

    いや、犬たちだって勝手気ままに歩いているのに。

    のこのこでてきてしまって・・・

    雨があがったのが、やっぱり嬉しいのかしら。

    わたしのほうは、なんか、急におとぎ話の世界にはいりこんだみたいな気分になった。

    rabbit

    そこでサンドイッチのランチを食べた後、再び、車で次のところに移動した。

    海沿いの道を走らせていると、向こう側に小さな船が浮かんでいる。

    はじめは漁船かと思ったが、小さな島の周りをうろうろしているので、

    おかしいなと思った。

    パートナーの運転手は、どうやらピンときたようで、

    車を脇に停めて、双眼鏡をとりだした。

    「オットセイだよ」

    「え? オットセイ?まじ?」

    双眼鏡をのぞくと、まるまるとしたのが何体も岩盤の上に、体を横たえていた。

    写真からも、わかってもらえるだろうか?

    seals

    野生のオットセイをはじめてみたのは、南アフリカのケープタウン。あの時もコロニーだった。

    でも、まさか、こんな北の海でみるとは思いもよらなかった。

    みんなきっと、雨があがって、日向ボッコしているのだろう。

    確かに、さっきよりは明るくなった。

    スカイ島ではもうひとつの出会いがあった。というか再会だ。

    20代の頃に読んだ本がある。

    あるスコットランド人が、人里離れたところで、カワウソをペットとして飼っていて、

    彼らとの生活を日記に綴ったもの・・?だったように記憶している。

    スコットランドにはエキセントリックな人がいるなあと感心したのを覚えている。

    できないとは知りつつ、こんな生活してみたいと憧れもした。

    話を戻して、スカイ島の旅をおえて、橋でスコットランド本島に戻る前、小さな港町で小休憩をした。

    そこの駐車場でなにげに町についてのインフォメーションを読んでいたら、どこか耳覚えのある話。

    そう、あの本で読んだ、ガビン=マックスウェルとカワウソたちの話だ。

    スカイ島とスコットランド本島のあいだに小さな島がある。

    今は、その島を経由して橋がかけられているのだが、昔は船で行き来するしかなかった。

    そこに、灯台(現在は使われていない)が今でもみえる。

    なんとその灯台がマックスウェルが住み、ブリテン島で数が激減しているカワウソたちのコロニーを作ろうとしたところなのだ。light house otto 1

    まさか、ここで出会うとは思いもよらなかった。

    現在は、橋がかけられ、彼が住んだ灯台はミュージアムになっている。

    カワウソの数はブリテン島全体で、少しずつ増えているという。

  • 身体への賛美:古代ギリシア・大英博物館

    一生の思い出に残るような特別展示を観た。大英博物館で開催中(2015春夏)の古代ギリシア美術展「Defining Beauty:the body in ancient Greek art」である。

    副題どおり、彫刻作品を中心として「ボディー」に焦点をあてた展覧会だ。

    最初の展示室で迎えてくれたのは、うづくまるアフロディーテや円盤投げ選手など4体の像。

    どしょっぱつから心を奪われてしまった。

    身体全体のバランスも、そのボリュームも、ポーズも実に美しい。

    背中の線も、臀部のえくぼも、指に浮き出た血管も、ひと房の髪も、うすく開いた唇も、

    どれをとっても美しい。

    彫刻によって縁取られた部屋の空間全体までが、引き締まってみえる。

    古代文明のなかで、ギリシアだけが、人間の裸体に美を見出したのだという。

    身体の各部のバランスや腕の角度、頭の傾き、すべて数学的な美しさにのっとっているのだという。

    直感でとらえる美しさは、その計算された幾何学からくるのか・・・。

    一体一体の展示物だけではない。展示のしかたもよく考えられていた。

    周囲を回りながらさまざまな角度から堪能できるだけでなく、

    4体が響きあうように、それぞれの位置や高さや照明が考慮されている。

    展示全体の構成も内容もすばらしい。

    感心した事のひとつは

    ギリシアが他地域の美術からどのような影響を受けたのか、その影響をいかに独自に展開させたのか、あるいは作品づくりの根本にある考え方の相違は何かなどをわかりやすく、紐解いていることだ。

    たとえば、古代エジプトの青年立像とギリシア初期の青年像を並べて、

    古代エジプトを手本にして、一歩を踏み出す立像をつくるかを学んだ事、

    古代エジプトの場合、立像の裏側には支柱があるだけだが、支柱を取り除いて、ちゃんと青年の背中やお尻をリアリスティクに表現する新しい挑戦がなされたことがよくわかった。

    確かに、この特別展には大英博物館の常設展で見ることができるものがたくさん使われている。

    でも、こういう構成だからこそ新しい発見があり、それは特別展示ならではだと思う。

    セクシャリティーに対する古代ギリシアの独特な考え方もよく理解できた。

    両性が入り混じったディオニソスやヘルマフォディトスなど、その崇高でエロチックなこと!

    こ展覧会に2度目に足を運んだ時は、小像にも目がいった

    ペニスを立て自分の胸にナイフをつきつけるAjaxの像など、そこには抽象的な奥深さがある。

    最後に待ち受けていたのは、あのミケランジェロが絶賛した「ヴェルベデーレのトルソ」だ。

    興味深いことに、この展示では、そのプロローグとエピローグに、いわばハイライトをもってくる。

    そこからは、この展示をつくった学芸員の古代ギリシア美術に対する最大限の敬意が窺える。

    最後の部屋のふたつの彫刻は、わたしたちの目の高さに展示されているのだが、

    そのさりげなさにも、黒子としての学芸員の静かなしかし粋な演出が隠されているような気がする。

    わたしも多くを語らず、これくらいで筆をおくことにしよう。

    BM_03

  • 雨と土と海が創ったウィスキー:スカイ島/スコットランド旅2日目

    北スコットランドの旅2日目、スカイ島。目覚めたら雨だった。予定を変えてウィスキーの蒸溜所を巡る事にした。それは、それで楽しみである。だって、「スカイ島」の名前は、有名なスコッチウィスキーの銘柄から知っていたのだから。

    話が飛ぶようだけれど、わたしの古い友人が石川県は能登地方で日本酒の杜氏をしている。

    その友人のところにイギリスからの土産で、スカイ島のウィスキー「Talisker」をもっていったことがある。

    ボトルのラベルには青黒く荒ぶる波の写真。

    キャッチコピーには「海が創ったウィスキー」とあった。

    日本酒では、こういうイメージで売る事はないねえと、友人。

    確かに、荒々しい自然をそのまま、日本酒のイメージにしたものは余りないような気がする。

    マイナスイメージになるのかもしれないけれど、

    まさに生まれた土地そのものの厳しい風土に、誇りをもって、逆にそれを前面にだしている。

    よくはわからないまま、そこにスコットランド気質を感じた。

    実は、今朝、窓の向こうが雨空であることをみるまで

    すっかりその事を忘れていたのである。

    雨のスカイ島をめぐりながら、その荒涼とした風景を見渡しながら、

    そのウィスキーの事を思い出した。

    どんよりと重い空の下、ムーアといわれる低木に覆われた丘陵がつづく。

    海岸線に近づけば、海はどこまでも暗く、白く荒い波がしぶきをあげながら唸っている。

    その風景をみながら、あのウィスキーのパッケージの事、

    あの、スモーキーでどこか海草の味のするウィスキーの事を思い出した。

    スカイ島を廻りながら、海に面した小さな町Carbostに、その「Talisker」の蒸溜所を見つけた。

    そこにはヴィジターセンターがあって、工場見学ができるらしいが、

    この天候で、わたしたちと同じ考えの人たちが押し掛けていて、チケットはすでに完売になっていた。

    残念だけど、旅はいつもこちらが望むようにはいかない。

    それでも、そこに小さなミュージアムも併設されていて、次のような事を学ぶことができた。

    まず、この島の地理的な特徴から、1年を通して雨量が多い事。

    山並みに降り注ぐその天の恵みで、水が豊富で

    だからこそ美味しいウィスキーが創れる事。

    この土地にはピートが多く、そのためにスモーキーな風味が加わる事。

    海に面しているからこそ、生産物を世界中に輸出する事ができる事など、

    独特な風味のウィスキーがつくれる条件が整っていることを

    理解することができた。

    この蒸溜所の裏手には、豊かな水があふれる地下水があふれているという、

    その水は鉄分が多いせいで赤い色をしていて、それがまさにウィスキーのようにみえて、

    ゴーゴーと唸りながら荒波の海に飲み込まれていた。

    あたりは、ウィスキーの香り漂っていた。

    ウィスキーはそれが生まれる風土からから創られる事を、身をもって学んだ気がする。

    それも雨の日だったおかげで。

    帰りの飛行機の関係で、ウィスキーをそこで買う事はかなわなかったけれど、

    次に、このウィスキーをグラスにコロンと傾けたら、

    きっと、雨の日の荒涼としたスカイ島の風景が脳裏に浮かぶに違いない。

    2015/5/15

    beautiful
    stone circle skye
    Talisker sea
    Wisky Skye