カテゴリー: エキシビジョン・レビュー

  • 叫んじゃいないムンク!

    叫んじゃいないムンク!

    ひとつの強烈なイメージで、ある芸術家のキャリアーが括られてしまうのは実に残念なことです。
    その名を聞けば、あのゆがんだ顔をついつい思い浮かべてしまう、ムンクもしかり。
    今、テートモダンで行われている「ムンク展」は、そんなわたしたちの固定概念にチャレンジしています。

    この展覧会は、ムンクに対してわたしたちが抱きがちな陰湿な雰囲気や病弱性というものをまずは棚に上げて、
    このノルウェーの芸術家がパリやベルリンで制作を続けながら、いかに近代の新しいテクノロジーを利用し、その制作に応用させていったか、いや、そのような手法だけではなく、テクノロジーの「視覚」を吸収することで、社会に向ける芸術家としての視線を見い出し、積極的に自分の表現世界を広めていったかに、光を当てるのです。

    したがって、展示の構成も展覧会お定まりの画家の一生を順に追うものではありません。
    ひとつの部屋にはあるテーマがあり、その下で別の時代に制作された作品が並んでいます。
    例えば、「再制作」のコーナーでは、「病気の子ども」や「バンパイアー」など、20年も30年もたってから、同じ題材に戻りとりくんだ作品群を並べて、社会の変化のなかで作風がいかに変わったかを見せている。
    「視覚空間」では、ムンクの奥行きのない画面を印象派や日本の版画の影響のなかだけで説明するのではなく、写真やフィルムというテクノロジーによって獲得されたものの捉え方を、いかに画布の上におとしこんでいるかを語っている。

    展覧会全体のレイアウトをみれば、ムンク自身による写真を並べた部屋やフィルム(ムンク作)の部屋が、ところどころで絵画の部屋の間に挟まっているのがわかるでしょう。
    ムンクが撮った写真を見るのは初めてだったので、その意味でも新鮮でしたが、そのように構成することで、写真を視覚表現として十分堪能できたし、絵画との影響も見てとれた。
    ひとつひとつの小さな白黒写真をみれば、意図的な構図や二重写しが試みられており、まだ開発されたばかりの技術なのに、斬新なことやっとるなーと関心してしまいました。

    最後のコーナー「Unfliching Gaze (ひるまぬ まなざし)」では、病に犯された自分や友人の肖像画(ムンクは確かに幼少時代から病弱でした)が展示されているのですが、
    わたしたちがイメージしがちな(あるいは、見たがる)人間の病弱性に焦点があたるのではなく、そういう負の自分を対象とすること、表現者として凝視しようとする、逆の意味で精神的な強さを伝えようとしていました。

    展示をまわりながらムンクの別の側面を知ることができたおかげで、すぐに出口を抜けてしまわないで、もう一度最初の部屋に戻って、新しい光をあてながら二度楽しむことができてしまった次第です。
    これは、やっぱムンクの生涯を追う従来型の展示手法ではできないアプローチでしょうね。

    munch-marat
    Munch by Munch

  • 博物館をステージに:大映博物館のシェークスピア展

    2012 年は、オリンピック・パラリンピックに乗じてか、イギリスのあちこちでシェークスピア劇がかかっています。
    ロイヤル・シェークスピア・カンパニー(RSC)はもちろん、世界中のさまざまな劇団が、その国の言語でアレンジしたものをイギリスにもってきていて、とても賑やかなんです。
    わたしもブラジルの劇団によるサーカス仕立ての「リチャード3世」と、チュニジアの劇団が、一昨年末に起ったジャスミン革命を絡めた「マクベス」を観ました。

    今、大英博物館で「シェークスピア展」が行われているのもその流れ。
    この展示は、シェークスピアという作家・詩人・演出家・役者に焦点をあてるのではなくて、彼の作品ひとつひとつを当時のロンドンやイギリス、そして世界という文脈のなかで眺めるものです。

    「作品に焦点をあてる」のをコンセプトにするってことは、街中でやっているシェークスピア演劇祭とコラボレートしようぜという意図なのですね。
    実は展示のつくりもそのようになっていたのです。
    たとえば、「ヘンリー5世」劇のコーナーの展示には、対フランス戦に勝利した王のヘルメットや剣(葬式で棺の上に飾られたホンモノ)があり、その奥の壁一面には映像が映し出され、RSCの俳優がヘンリー5世の有名な台詞を語ってる。
    両方を見てたら、あのハンサムな俳優に重そうなヘルメットをかぶせてみたくなった私です(´・ω・`)

    中でも面白かったのは、「ジュリアス・シーザー」のコーナー。
    そこには、わたしがストラットフォード・アポーン・エイボンで観た「ジュリアス・シーザー」のブルータス役の俳優が演じる映像がありました。
    ネクタイをしめた黒人のブルータスが、台詞の最後に小さなコインを胸の前に差し出すのですが、その現のコインが、実は大英博のローマ時代のコレクションで、隣接したケースにちょこんと展示されている。
    その小さなコインの表にはシーザーを殺した武器が、その裏にはブルータスの横顔が彫られている。
    シーザー暗殺直後、アンソニーらがブルータス含め暗殺に加担した集団を貶めるまでのほんの短い期間に、このようなプロパガンダ的コインが流布されたのだと知って、超びっくり。
    それつけても、この映像と実際のコインの並列!なかなかやるなー、とうなってしまいました。
    (RSCの「ジュリアス・シーザー」劇はほんとに素晴らしかった―記事はこちらから。)

    という感じで、確かに、いくつか面白い箇所があったのは事実。
    それはそうなんだけど、全体的な感想はと聞かれれば、正直言うと、ちょっと散漫だったと答えねばなりません。
    展示場の出口を出た後で、あー満足!っという感じではなかったんです。残念ながら。
    かなり工夫して、かつ慎重に映像を展示にとりいれているのがよくわかるし、その挑戦に対してはよくやったといいたい。
    だけど、映像の役者たち(みな有名な俳優みたい)の演技はたとえ短くても素晴らしいし、「モノ」自体だって、時代の証人として絶対的な存在感の強さをもっているわけで・・・しかも、大英博としてはその「モノ」を本当は見せたかったはずで。。。
    きっと、その二つが相克してしまうのでしょうね。
    それが、結果的に展示全体の経験を損ねてしまったのかもしれない。

    ところで、大英博物館のグレートコートの中央にある特別展示場は、かつて図書館であった円柱形の建物です。
    なんだか、そこにも勝手に関連を見つけてしまいました。
    ひとつは「本」というキーワード。
    「シェークスピア展」で出会う最初の展示物は、シェークスピアの死の直後に編まれた「第一選集」だった。
    それから「円形建物」というキーワード。
    シェークスピアの芝居小屋、「グローブ座」も「ローズ座」も円形劇場でした。
    そんなこんなをつらつら考えながら、展示場の丸天井や未だ残っている本棚をぼーっと眺めておりました。

    いや、しかしだ。シェークスピアの世界に酔いしれたいなら、やっぱり芝居小屋だよな!


    (09/09/2012)

  • 「きょうの料理」古代ローマ編:ロンドン博物館

    「フライパンにオリーブオイルをちょっととたらして、おだんごにまんべんなくこげ色をつけます。いい色になってきました・・・」

    料理番組かしら?いいえ、ここは博物館。古代ローマの展示室の中です。TV画面の向こうには、古代ローマ時代の一般家庭のキッチンを再現した展示があります。そこに展示されているものは、もちろん本物の考古学資料。

    なるほど、古代ローマの料理の再現ってわけね?ってことは歴史家か料理家がさもなきゃ学芸員がデモンストレーションしてるって事?


    確かに古代ローマのスィーツの作り方なんですが、画面の解説者は、ちょっとシャイな男の子で、試食してるのもその仲間。
    これはロンドン博物館の新しいプロジェクト、ティーンエイジャーを展示作りに巻き込もうという試みなのです。他コーナーでも、同じような展開がくりひろげられています。

    例えば、化粧品の道具や材料の展示コーナーでは、古代のおしろいの作り方を高校生たちがやっている映像が考古学資料とともに展示されている。


    古代のメッセージが書かれた石片のわきには、フェイスブックのページを示したiPad がおかれている。ローマ時代が斜陽し、社会的問題が生じた頃の記念碑のわきには、授業料値上げを実施した政府に抗議するプラカードが掲げられている。


    ワインの壷やガラス器などのわきには、キッコーマンしょうゆなどスーパーマーケットで入手できるさまざまな輸入食材が並んでいる。どれもこれも、現代の若者による考案を元にしているのです。

    博物館はもっと専門的で正統的なものであって、こんな若年思考でごちゃ混ぜにされてはかなわない、という声もあるでしょう。
    確かに、このつながりって無理があるんでないのという箇所もありました。展示全体の一貫性が保てないというマイナスもあるでしょう。


    でも、こういう展示をすることのプラス面に、むしろ目を向けたい。重要なのは、古代ローマが一般来館者にとってもっと身近なものに感じられることです。共通点や違いをみつけたり、市井の人々が現代人と同じ悩みを抱えていた事や、人生や社会に対する個人的なチャレンジを、新鮮な目を通して感知することができる。


    もうひとつ、博物館にとって大事なのは、ティーンエイジャーを巻き込むことなのかもしれません。というのも、この世代はミュージアムにとって最も難しい世代。

    子供たちなら学校や親が連れてきてくれる。大人になれば、彼ら自身の興味で訪れてくれるだろう。ところが、ティーンエイジャーからすればミュージアムなぞもっともしらける場所で、逆に言えば、ミュージアムにとってはもっとも手ごわい世代なのです。

    でも、この世代を大事にすることによって、将来的に層の厚い来館者を作ることができます。欧米の博物館で、ティーンエイジャーを巻き込むかようなプロジェクトが増えてきたのも、そうした理由からかもしれません。

    さまざまな取り組みが行われる中で、数々の問題点が生じているのも事実。ですが、ロンドン博物館のそれは、常設展示にさえその動きを積極的にとりいれた斬新な試みだといえるのではないか。小さな問題点はさておき、わたしは、そのことを評価したいのです。

    2012.7.6

  • 「目に見えない」展覧会

    「Invisible ―目に見えない」という展覧会がヘイワード・ギャラリーで始まっています。どんな作品があるのかは、もうご自分の眼?で確かめていただくより他ないー
    何ていったら、このブログが成り立たないので、目に見えるようにざくっとご紹介しましょう 

    ますは、1950〜60年代のアメリカから。イブ・クラインは、「空気の建築」という構想を作って、そのプランをインクでスケッチしました。

    オノ・ヨーコは、詩的なメッセージを壁に張って、見る者に想像力でもってイメージを結ばせました。

    アンディ・ウォーホールは、NY のナイトクラブに台座を設置し、そばの壁に「Andy Warhol, USA/ Invisible 目に見えない彫刻   mixed media 1985」というラベルをつけ、台座の上でしばらく立つと、やがて立ち去りました。

    中国系アーティストSong Dongは、「石の上に水で書く日記」というのを1995年いらい今も続けています。面白かったのは、すぐに消えていく文字を重ねながら、その日記がますます自分自身になり、厚くなっていくという作家の言葉。

    政治的なメッセージがこめられ、この展覧会ではいちばん重かったのは、メキシコの現代作家Teresa Margollesでしょう。
    彼女は、メキシコの犯罪の町で、実際に犯罪が行われた場所の舗装道路を穿ち、そこに犠牲者たちの家族が思い思いのものを埋め、またコンクリートで固めて、もとのような状態に戻したーというプロジェクトを記録したものでした。

    もっとも痛快だったのは、英国のアーティストBethan Huwsによる「from NY toSan Fransico to ・・・」という作品。 展覧会場の出口のそばにラベルがあるだけ。そこには、この展覧会場である「人」が、まるで他の来館者と同じように歩き回っているのだそうで、つまりその人やその行為自体が作品だというわけです。

    どれもこれも、なんだか狐に抓まれたような作品ですが、これのどこがアートなのよ、とか、こんなんでよく入館料払ったね、なんて思われるでしょうか?

    わたしは、そうは思いません。なぜなら、ここに来ている人たちはわたしを含め、騙されるのを承知で、いやそれを楽しみにきているからです。


    美術家というのは、こういうばかばかしい?ことを、真面目くさってトコトンやる人たちです。だからこそ、そこにユーモアが生じたり、ちょっと待てよと私たちが日常忘れてしまっていることに気付かせてくれるのでしょう。

    こんな展覧会があってもよいではありませんか。特に夏には、その考え方自体涼しげでいい。

    2012.6.29

  • クリムト生誕150周年のウィーン

    2012年初夏、ウィーンの街は、クリムト生誕150周年記念で賑わっていました。街には、いたるところにクリムトのイメージが溢れ、美術館は特別展を企画して、彼の業績を称えています。

    興味深かったののは、各美術館が手法を凝らして、違う角度からクリムトの作品や、アーティスト自身、そしてウィーンや世界に残したレガシーに光をあてていたこと。当たり前といえば、そのとおりですが、はっきりとテーマを打ち出し、美術館同士がコラボレートしていたのは、さすが歴史ある芸術の都と感服しました。

    例えば、もっとも人気のある美術館「ウィーン美術史美術館」。ここには、玄関ホールの天井高いところに、クリムトが描いた壁画があります。今年は、そこに臨時の足場が組まれ、間近で鑑賞できるようになっていました。それは、古代エジプトから現代までのアートの流れを象徴的に語る壁画。クリムトの手によって、ファラオの時代の高貴な女性が、独特の甘美な表情とともに20世紀に甦ったかのようです。

    壁画といえば、セセッション(分離派協会)の有名な「ベートーヴェン・フレーズ」のことが思い出されるでしょう。
    果たして、ここにも、臨時の足場が組まれていました。この壁画(やはり天井近くの壁に描かれている)は、「人類の幸福への憧れ」がテーマになのですが、シンプルに響くこのテーマに、人生の微妙な色合いが織り込まれているのが、手に取るようにわかります。

    有名な「接吻」は、ヴェルヴェデーレ宮殿にあり、彼のほかの作品といっしょに展示されていました。他の展示室はそれほどでもないのに、この部屋だけは人がいっぱいで、館のスタッフが人の流れをコントロールしていたほど。わたしは天邪鬼なので、あまりに有名になりすぎると、逆に関心が薄らいでしまいがちなのですが、間近で見ると、彼独特の女性への賛美に心動かされます。その女性を前に、どうにもコントロールのできない男としての自分も赤裸々に描いています。

    レオポルド美術館は、彼の作品をその人生と照らし合わせてみせていました。パートナーであったエミリエ・フローゲに宛てた何百通もの手紙や、写真、彼が使った家具などといっしょに彼の作品が並べて展示され、アーティスト、クリムト像をさまざまな角度から理解し、かつ、生涯の時々に生み出された作品の背景、そしてウィーンに与えた影響を理解できるように工夫されています。展示のしかたもとても斬新で、目をみはるものがありました。

    でも、わたしが最も興味深かったのは、アルヴェルティナ美術館の展示でした。クリムトの素描だけを集めて、ラフに時代順に追うシンプルな展示です。クリムトというと、金色をふんだんに使った色鮮やかな装飾的絵画のほうが思い出されますが・・・、思えば、これだけの彼の素描をまとめてみるのははじめてでした。その一点一点が、実に生き生きとしていて、彼の表現に対する精神が如実に表れている。まさに、色づけされて飾られた絵画の奥底に、人生や女性への思いが流れていることを、筆の動きだけから感じることができるのです。

    正直いうと、はじめアルヴェルティナはあまり期待をしておらず、ウィーンの最後の日にとっておいたのですが、先にこれを見ておけば、他の絵画や壁画への鑑賞が違ったかもしれません。

    このように、街をあげて、ひとりの芸術家を違う角度から見せること、そこには、各美術館のテリトリーを越えるみごとな連携プレーがありました。そして、そのように表象することが、また、それを受け止めることが、ウィーンのアイデンティティを築く助けになっているに違いないと思うのです。

    2012.6.11

  • フランシス・ベーコンとピカソ

    ロンドンのテート・ブリテンで、「ピカソと近代ブリティッシュ・アート」展が開催中です。展覧会は2つのストランドで構成されています。


    ひとつは、ピカソが英国でどのように紹介され、評価され、あるいは批判され、受容されてきたかを、1910年代、20~30年代、40~50年代に開催された展覧会からみ解いていくもの。
    もうひとつは、7人の英国人アーティストたちがピカソからどのように影響を受け、それを消化し、自らの新たな創造性につなげていったかを探るものです。


    後者では、例えば、ベン・ニコルソンやヘンリー・ムーア、デビット・ホックニーの作品がピカソ作品と比較しながら並列されていました。

    そのなかで新たな発見だったのは、フランシス・ベーコン
    がピカソの影響を受けていたことです。ピカソの作品を見た後、ベーコンの作風がガラッと変わったというのです。ベーコンの作風からピカソの影響は思いもしなかったので驚きでした。

    展示室に並んだふたりの作品をみていくと、確かに、ピカソの海岸に戯れる人物シリーズに描かれたポリープのような人間のフォルムは、ベーコンの「キリスト磔刑図」などの奇怪なまでに歪曲した塊にとても似ています。


    人間の感情をいかに表出させるか考えあぐねていた若いベーコンは、ピカソの抽象的な人物像をみて、頭の電球がぱっと明るくなったのでしょう。

    しかし、ベーコンが他の作家たちより優れているのは、それをまるまま写し取るのではなく、あの人間の内面をまるで外側に裏返すかのような、ベーコン独自の表現にもっていったことです。


    もうひとつ面白かったのは、第一のストランド、つまり、英国におけるピカソの受容の変化。
    それが第二のストランドであるブリティッシュ・アーティストたちへの影響と、交互に構成されていることです。
    それによって、ピカソが英国の美術界や社会全体に与えたレガシーを有機的に理解できるようになっていました。

    確かに興味深い側面もあったものの、展覧会全体の印象は散漫だったというのが、正直なところ。理由は、複数の比較がそれぞれ同じボリュームをもって提示されていたからではないかと。展覧会の構成が平坦なままで、主体である来館者が入り込んでいけるつくりにはなっていない。

    また、ある作品を鑑賞するにしても、どうも、他との比較の方が先にたち、ひとつの作品として集中して観ることを時に邪魔してしまい、アンビバレントな気分にさせられるのです。

    来館者にとっては、見学全体がひとつの体験として集約され、余韻として残ります。このような新しい切り口でピカソを振り返ることにも、もちろん学術的な意味があります。
    こちらを立てれば、あちらは立たず。
    展覧会をつくるのは、たいへんな作業だとつくづく思う次第です。とりとめもないまま。

    ‘Picasso & Modern British Art’ at Tate Britain   ~15/07/2012

  • 愛が地球にたどり着く:草間彌生展@テート・モダン

    イギリス最大の現代美術館テート・モダンで草間彌生展が始まりました。ロンドンで、現役の日本人アーティストをこれだけの規模で扱った展覧会は、これが初めてです。

    展覧会は時代の流れに沿ったオーソドックスな構成で作られていました。草間彌生が10代の頃の、植物や昆虫をモチーフにしたシュールな作品から始まり、1950年代半ばNY に渡り、白とグレーの網の紋様を画面いっぱいに広げた「無限のネット」シリーズ、家具や靴やボートを男根のイメージで多い尽くした立体作品、男女のヌードに水玉模様を描きまくったハプニング、そして、日本に戻ってからのインスタレーション、近年の平面作品や鏡で覆われた暗い空間を蛍光の水玉で埋め尽くした作品まで総合的に展示しているのです。

    80年代に私がはじめて草間の男根ボートの作品を見た時、あまりよい印象をもてませんでした。不快感すら覚えたといった方がよいかもしれない。そういう出会いは時に不幸です。それ以来、草間の名前を聞いても触手が動かないから。

    しかし、今回の展覧会で、私の最初の印象が、実はアーティスト自身の制作のモティベーションだったことを知り、新鮮な目で見直すことができました。彼女が子どもの頃から罹った精神分裂の症状や家族関係における傷についてもっと理解を深め、内面から作り出した作品の数々を網羅的に見ることができたのです。

    草間が彼女を強迫する「もの」たとえば、彼女のヴィジョンに表れる水玉や男根に押しつぶされてしまうのではなく、逆手にとって、自分が主体となり、自分の手で「それら」を無数に創りだし、世界を覆い尽くすことによって、自身の表現に昇華させている、そのことに驚愕すら覚える。

    放っておけば自己が潰されてしまうほどの弱さを強さに変える、幻想をアートに変える、といったらよいのでしょうか。自分が自分の世界で潔く生きていくことを肯定する、そして、それ以上に、それを他者に対しても開いていこうとする

    ―それが、彼女が語る「宇宙の物語を連れて、愛が地球にたどり着く」ことなのではないか。

    作品に対する評価では、ポップアートの文脈で語られることが多いようです。今回の展覧会でもそのような範疇で括っているレヴューがいくつかありました。確かに、彼女がNYで活躍した60年代は、アメリカでポップアートが生まれ、大きな潮流となった時代でした。草間も、ウォーホールやオルデンバークなどといっしょに展覧会をしています。

    もちろん互いに影響し合っているのは疑いの余地もありません。だけど草間は他のポップアートの旗手たちのように、戦後訪れた大量生産・大量消費の社会に対するアーティスティックな反応として、増幅するイメージを表現したのではないはず。

    同じモノの繰り返し、単純な形、鮮明な色という外観については、共通点が多いのは確かです。視点を変えて、モノに溢れているという社会状況も、草間が陥っている精神状態と似通っていると言えるのかもしれない。

    しかし、ウォーホールたちは、そうした社会状況を自覚し、それに対してある距離をもって、彼らのアートの言語にしました。草間の場合、強迫観念は子どもの頃から自分の内面に棲む魔物です。そして、それに対して孤独な戦いを挑んできた。戦いの手段がアートであり、その結果もアートだった。それは想像を絶するような壮絶で、しかも終わることのない戦いでしょう。そこにあるのは草間にしか作れない世界です。

    展覧会場は、平日の午後にもかかわらず、大変な人で賑わっていました。イギリスの人たちは草間彌生の世界をどんなふうに旅するのでしょうか。わたしはTate初の日本の現代アートがJ-popでなくてよかった、しかも女性作家でよかったと、ひそかに思うのです。


    記事:2012.2.18

  • 親密な風景:デビット=ホックニー展@ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

    親密な風景:デビット=ホックニー展@ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

    青々とした木立が並ぶ赤い道は、画面中央を遠く地平線まで伸びていく。その道に沿って、夥しい数の伐採された材木が黄色い体を横たえている。傍らには、材木と対照的に描かれた1本のむらさき色の切り株。切り株は、まるで仲間を見送るかのごとく不器用に腕を伸ばしています。

    これは、風景画じゃないな。デビット=ホックニーの作品「木々とトーテム」を見たとき、わたしはそう思いました。ギャラリーの壁を占領するほどの大きな油彩画は、どうみたって風景画です。でも、そこに描かれている木々や切り株からは感情が沸々と湧き出ているのです。

    LAを拠点とするデビット=ホックニーは、近年、彼の故郷、イギリス・ヨーク地方の平凡な田舎風景の制作に取り組んでいました。この展覧会は、その作品群を紹介するものです。

    それらの作品には、とんでもなくビビットな色が使われ、形もぐるぐるにデフォルメされている。風景画といえば、一般的には自然のハーモニーを映し出すものと理解されますが、大いなる逸脱。いや、実に、ホックニーらしい。

    こんなに自然を歪めて描いたのなら、地面が描けてないというか、地に足がつかない嘘っぽい作品になるか、さもなければ抽象画になってしまうわけですが、

    ホックニーの魅力は、そんなにデフォルメしているのに、まるでわたしもそこに立っているような不思議な感じをうけるのです。外光のきらめきや、うつろう影や、気まぐれな風や、木々の匂いや、新鮮な空気などが伝わってくる。

    どうしてだろう。

    ギャラリーを巡り、ひとつひとつの作品を見ていくうちに、少しわかったような気がします。それは、ホックニーが風景に登場するひとつひとつのキャラクターに、いやその風景全体に、自分の心を寄せているからではないでしょうか。

    なんだか当たり前のようにも聞えますが、その寄せ方がタダナラヌのです。大きな画面は最終的にはスタジオで仕上げられたもの。だけど、彼自身が「全てはスケッチブックから」というように、何度も何度も同じ場所に通い、同じ木々を、同じ道を、同じ地面のうねりを観察し、手を動かし、そのイメージを自分のイマジネーションの中で再生して、キャンバスの上に落としこんでいく。

    もちろん、そこは彼が生活を通して慣れ親しんだ故郷であるという素地もあります。だから、あのムラサキの切り株だって、まるで古い友人のように画家のなかに生きているのではないか。これはもうポートレイトです。

    ホックニーといえば、プールサイドの彼の恋人や友人たちを描いた作品が有名ですね。わたしのお気に入りは、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーにある彼の両親を描いた絵です。ホックニーの風景画にも、それらと共通した本質があるように思えてなりません。

    それは、英語でintimacyというものではないか。日本語では、親密と訳されることが多いのですが、ちょっと物足りない。intimacyは、もっとプライベートな関係性(性的な意味が含まれることも)を意味するように響きます。

    人間関係だけではなく言葉や土地にも使われます。それは、心を寄せる、シンパサイズすることから生まれる関係性です。今回の展覧会についてメディアは、ホックニーがiPadを使って描いた作品を展示していることにも注目しています。

    でも、わたしにはどうでもよいのです。たぶん、ホックニーもそうでしょう。テクノロジーは道具にすぎない。彼にとっては、新しいスケッチブックのようなものに違いありません。

    描く対象とのあいだにintimacyがあれば、どんな道具を使おうと、アーティストの表現のなかに表れてくるのだと、iPad作品を見て思いました。

     ホックニーは、再び大きなチャレンジに挑んでいます。それは、彼の第二の故郷、カリフォルニアのヨセミテの自然を描くこと。その壮大さを再現するには、iPadという道具が有効なのだそうです。

    彼が、人間の感覚を越えた荘厳なヨセミテの風景を、いかにintimacyをもって描くのか、とても楽しみです。

    記事 2012.1.29

  • 千客万来か至福の時か:レオナルド・ダ・ヴィンチ展@ナショナルギャラリー

    ルネサンス美術の最高峰に讃えられるレオナルド・ダ・ヴィンチ。14点しか存在しない彼の作品(油彩画)のうち、なんとその半分以上がロンドンに集まった。これだけの作品が一度に見られるのはこれが最初で最後かもしれない―そんな触れ込みの展覧会「レオナルド・ダ・ヴィンチ − ミラノ宮廷の画家」が、11月9日からナショナル・ギャラリーで開催されています。

    これぞギガ・ブロックバスター展!クリスマスの飾りつけでにぎわったロンドンのトラファルガー広場は、いつも以上にフェスティヴな雰囲気です。それをはじめて知ったときのわたしの内心は、「うわあ、すごい。でも、もしこれが日本で開かれたとしたら、ゼッタイに行かないだろうな」というアマノジャクでした。もちろんダ・ヴィンチに興味がないわけじゃあない。そうではなくて、展覧会場での体験がどんなものになるか簡単に想像できるからです。

     そもそも列に並ぶのが苦手なうえに、人気に酔いながら、頭越しにほんのつかの間垣間見るだけなんて、そういう出会い方をしたくない。それが外国から借りられた作品なら、たとえお金払ってでも収蔵館での豊かで特別な出会いがやってくるのを待つ方がずっといい。美術館体験はまさにわたしの主要な研究テーマですが、そんなのは棚にあげて自分のことになるとそんな感情に速攻忠実になるのです。

     じゃあ、なんで「もし日本で開催されていたら」であって、ロンドンのナショナル・ギャラリーでならいいわけって、思われるでしょう? それというのも、実は、この展覧会が来館者との出会いの空間にもっと配慮していることがわかったからなのです。集客数がとても高くなることはもちろん織り込み済みでした。だから、入場数を制限するシステムが最初から導入された。つまり、日時限定の前売り券をネットなど通して売り出し、会場内の混み具合を抑えたってわけ。

     もちろん展示作品の保護や安全への対策の意味もあるでしょうが、芸術作品と来館者との出会いの時間がなるべく豊かなものであるようにという考慮が伺えます。このシステムの導入で、来館者は、冬空の下、チケットを買うために美術館の前に延々と並ばなくても済むし、なにより、芸術家の制作の息吹を身近に感じるだけのゆとりが、少しは期待できるはず。

     ○○展、何万人突破!なんて集客力を競うような姿勢はここにはありません。第一、ヘッドラインに来館者数が書かれた記事なぞイギリスではみたことがない。日本の大型展覧会の、来館者数=成功という考え方、そろそろ見直してもらいたいものです。まあ、日本の場合、そういう目玉展覧会は大手新聞社が主催することがほとんどだから、そこにも問題があるんだけど。

     もっといえば、そもそも、そういう大掛かりな展覧会ばかりが流行るという状況自体がおかしい。そういう展覧会には膨大な宣伝費が費やされ、それに乗せられた人々がミュージアムの前で長蛇の列をなす。片や、地味だけどよく創られた展覧会なのに、人がぜんぜんはいっていないという両極現象が目につきました。こういうのをポピュリズムというのでしょう。ひょっとしたら、これは展覧会をつくる側の問題だけではないのかもしれませんね。

     さて、ダ・ヴィンチ展に話を戻せば、買わなきゃって思ってた前売り券、展覧会オープン2日目にしてなんと完売になってしまっていた。いやはや、イギリスも日本と負けず劣らずなのか、それともダ・ヴィンチ力のなさる仕業か。だが、しかしです。たぶんそうなることも計算されていたに違いない、毎日当日券(500枚)を販売するのだそうです。それを手に入れるためには長い列に並ばなきゃいけません。早朝に肩を震わせながら並んでる自分の姿が目に浮かびます。もしうまく見ることができたとして、期待が裏切られないことを祈りつつ。また、このブログでご報告することにしましょう。

    そして、行ってきました!

    記事:2011.11.14

  • 楽しき列並び:レオナルド・ダ・ヴィンチ展@ロンドン・ナショナル・ギャラリー

    あけましておめでとうございます。ちょっと、ブログの書き込みをするのをサボっていたら、年が明けてしまった。ボストンとDC紀行もまだ途中なのに。。。

    でも今日は、なるべく早く報告しなくてはと思うことがあるのです。ロンドンのナショナル・ギャラリーで行われているレオナルド・ダ・ヴィンチ展です。中身についてではありません。チケットを入手するまでの経緯です。まだ、これから行ってみようと思っている人もいると思うので、まだ役に立つうちにご報告です。

    わたしは1月12日(木)に、パートナーと協力体制でチケットを入手しました。まず、パートナーが7時15分頃、センズブリー翼の横にできている列に並びました。早い人は6時に到着したそうです。だから、もうすでにけっこう列ができていました。

    8時ごろに館のスタッフが現れて、列のひとりひとりに声かけました。パートナーは、保証はできないけれどたぶん大丈夫だろうと告げられ、何人分のチケットが必要かと聞かれたそうです。一人当たり8枚までのチケットが手に入るらしい(当日券は500枚用意されている)。そうして、列に並ぶみんなに必要枚数を聞いて回り、後でなかのスタッフと計算したのでしょう。

    わたしは9時過ぎにパートナーとバトンタッチしました。その時わたしが見た列はさほど長くなかったのに、少々驚きました。パートナーは、列全体の前から3分の2ぐらいのところに立っていたのです。後で話したのですが、おそらく、8時の枚数調査で、ある程度の読みができ、列の後ろのほうの人々には、その可能性が告げられたのではないかと思われます。

    まず無理と告げられた人々は帰っていっただろうし、ひょっとしたらいけるかも、それでも展示場に入れるのは3時以降になります、と言われた人もいる。その位置に並んでいる人たちは、後から到着したちに状況を話してあげたのでしょう。そうして自然に列の長さは限られる。

     列に並んでいる間は、実は、けっこう楽しかった。わたしは本を一冊もって行ったのですが、それよりも、人を観察するのが面白かったのです。わたしのように読書をしている人もいれば、仲間とおしゃべりしたり、暖かいコーヒーやサンドイッチを買ってきて(そばに露店がある)朝食をとったり、

    そうこうするうちに、知らない人に話しかけたり、どこの美術展が面白かったとか意見交換したり、自然にコミュニティーができていた。いやあ、イギリス的だなあ。

    でも、それが可能なのも、チケットを手にするために待つことを始めから了解していたからでしょう。それよりも、世紀の大展覧会を見るためなら、2-3時間並ぶなんてたいしたことじゃないと思っていたからでしょう。

    列の最後のほうの人たちは不安だったかもしれないけれど、そうでなければ、まず大丈夫だろうとどこか安心していますから。

    簡易椅子や防寒の用意だけして、待つのを楽しめばいいだけで、待たされていることに不満を感じている人はほとんどいなかったようです。だから、リラックスしてコミュニティーまでできていたのかな。でも、そこには、ギャラリー側の配慮も手伝ったはずです。

    10時開館と同時に列が動き始めました。その動きはゆっくり。でも、ジリジリと動くのではなくて、10分間隔で止まっては動く感じ。その間、壁に寄りかかったり、本が読むことができた。建物の入り口についたのは11時すぎでした。

    入り口の警備員が人数調整をしていて、まとまったグループ毎に中にいれるのです(だから列がああいう動きをしたんだ)。

    いよいよ中に入れば、チケット入手は確実。チケットカウンターの前まで進むと、

    「3時以降のチケットが入手可能です」という立て札がありました。列が進み、いまやわたしはチケットおねえさんの前、

    「大人二枚」!

    チケットを買うとき、わたしの顔はにこにこしていただろうな。

    「楽しんでくださいね」とおねえさん。

    チケットには、「3時から3時半までに入館してください」と書かれてあります。11時20分、パートナーに報告して、3時まで、どこか美味しいランチにでもいこう。

     てなわけで、いやあ、楽しかった。

    小学生のとき、遠足のときはいつも興奮して、後から思えば、目的地そのものよりも、前日のお菓子の買出しやそこに向かうバスの中のことばかりよく覚えてたけど、なんか、それみたい?

    「レオナルド・ダ・ヴィンチ:ミラノ宮廷の画家」展は2月5日まで

    記事:2012.1.13