カテゴリー: エキシビジョン・レビュー

  • 新しいアムステルダム国立美術館

    十年の歳月をかけて大掛かりな改装工事をしていたアムステルダム国立美術館(Rijks Museum)が、2013年4月にリニュアルオープンした。昨年11月にオランダを旅した折、わたしとしても十年ぶりに訪れる機会を得ることになった。

    この国立美術館は、いやゆるオランダの黄金時代といわれる十六世紀芸術で有名だ。レンブラントの「夜警」もここにある。しかし、ここで、その素晴らしいコレクションについて語る気はない。それよりも、この美術館が挑戦した美術館としての「新しい空間づくり」について、お話したい。

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    まず驚いたのは、エントランスである。伝統的なミュージアムは、まず例外なく、正面に階段があり、それを上がって入っていく構造になっている。

    それは、ミュージアムは「美の殿堂」であるべきだという考え方からきている。神殿に入るように厳かな気持ちになるよう演出されているわけだ。この美術館は、ルーブル美術館に倣って、1885年に造られたのだが、同じようにその定石を踏んでいた。

    ところが、外観は昔のままにしながら、リニュアルしたこの美術館では、エントランスがガラッとかわったのである。写真からもわかるように、石造りの建物の中央にアーチ型の屋根の三つの通路があるが、自転車も行き来するその通路にはいっていくと、その両側に大きなガラス張りの壁面があり、そこから、外光のはいる明るいホールが見渡せるようになっている。反対側には、ひろびろとしたレストランや人々の寛いでいる様子が手にとるようにわかる。

    ようするに、ここを訪れた人はまず、この美術館の開放的な空間に引き込まれ、そして、ガラス戸扉を開いて、階段を「降りていく」=「浸っていく」のである。

    Rijik museum 2

    この最初の入り方は、来館者の心理的な経験を変えるにちがいない。

    かつての美術館の空間は、崇高な気持にさせられたり、圧倒されたりするものだった。それは、時に、精神的な疲労を導く経験だった。そもそも、美術との出会いはそのような崇高なものであるべきだと考えられていたからだ。

    ところが、近年、そうした伝統的な美術館のあり方に疑問が投げかけられるようになった。もっと、明るく、オープンで、親しみやすいものになってきている。言い換えれば、まず芸術がありきではなく、それと出会う人々の経験を重視しようと試みはじめているのだ。

    私自身も、その入り方が、その後のギャラリー内の見学に少なからず影響を与えたように思う。 加えて、ギャラリー内の構造も配慮が行き届いていた。シンプルでわかりやすいルートづくり、ひとつひとつのギャラリーの適度な大きさと、適度な展示物の数、ところどころにおかれたベンチ。

    Rijik museum 3

    また、従来のように、絵画なら絵画だけとか、陶磁器なら陶磁器だけというような、衒学的なジャンル分けがなされるているのではなく、大雑把な時代ごとに、その時代に生み出された物が、絵画でも陶磁器でも家具でもいっしょに並べられているのも、新鮮だった。

    そういう構成はややもすると、ごちゃごゃした感じになるが、そうではない。むしろ、とても有機的で心地のよいものであった。ある時代を知るうえでも、その変化を見る上でも有意義な見学になった。

    難をいえば、もうすこし、レストランとかカフェテリアの空間が広くて、トイレももっともっと要所要所にあればよいと思ったけれど、贅沢はいうまい。まずは、来館者の経験を中心にすえて配慮された新しい美術館の誕生におめでとうを送りたい。


    (22/01/2014)

  • Chinese Painting を知る@ヴィクトリア&アルバート美術館

    中国美 術を知っているかと聞かれたら、いや、ほとんどと答えるしかない。典型的なイメージは浮かんでも、その長い歴史についてはなおさらだ。ヴィクトリア&アル バート美術館(V&A)で開催中の「Chinese Painting 700- 1900 」は、イギリスでも始めての総括的な展示であった。

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    (c) All Art News

    まず、ハッとさせられたのは、中国での風景画の風格だ。美術史に通じた人なら、ヨーロッパでは風景画というジャンルがずいぶんと遅れて発達したことをご存知だろう。はやくて15世紀末ではないか。ルーベンスが大きな風景画を描いたけれど、それは注文ではなく、自分が楽しむためであって、すでに巨匠となっていたからできたことだった。風景は、より上格にある物語画や宗教画の背景でしかなかったのである。

    それが中国ではなんと11世紀にはりっぱなジャンルとして確立していたというわけだ。改めて作品を眺めてみれば、目の前の風景の描写というより、そこには空気やCOSMOS(宇宙)さえもが表現されている-そのスケールのなかに、旅人など人間の営みを小さく添えて。自分を取り巻く世界の捉えかたが西洋のそれとは全く違うのだ。一幅の巨大な墨絵を見て、わたしはうなってしまった。

    西洋絵画には見出せないジャンルもある。「文人画」というやつだ。絵と詩が一体化した独特の表現。中国の文人画家たちは、絵の表現技術を磨くと同時に自身で詩作をし、それを書にしたため、融合した芸術を創ることを追求した。絵の心と詩の心が一つになってはじめて生まれる芸術だ。今回わたしが足を止めたのは、蘇東坡の有名な詩と風景画を融合させた十数メートルにおよぶ巻物だった。かつての愛好家たちは、この巻物を少しずつ繰りながら、独特のヴィジョンのなかに旅をしたに違いない。

    興味深いことに、V&Aの展覧会場の一角で、16-18世紀ごろの日本がいかに中国絵画-特に文人画を敬愛していたかについて具体的に説くコーナーがあった。展示品のいくつかは、なんと大阪の市立博物館など日本の博物館から借り出されたものだ。確かに、歴史を通して日本人は中国の文化からたくさんのことを学び、それを手本としながら、独自の表現法を探ろうとした。そして、ハタとわれを振り返ってみるのである。なぜ今のわたしたちは、中国の美術についてほとんど知らないのだろう?

    そのように仕向けたのは明治初期の文化のリーダーたちだった。当時、いきなり世界と向き合うことになった日本は、いわゆる脱亜入欧路線を突き進んだ。美術についても、躍起になって西洋の芸術観や技法を取り入れようとしたり、あるいは逆に大和絵をもとにした「新しい伝統」を創ろうとした。ところが、書と絵が一体になった「文人画」は、その新しい考え方には全くそぐわなかったのである。乱暴な言い方をすれば、明治は中国や韓国との紐帯を打ち捨てようとしたのだ。それを先導したのが当時の日本の博物館・美術館だった。学校教育も同じ方向性をとった。

    それが、わたし自身をはじめ大半の日本人が中国の壮大な世界観、その美術の歴史を知らない、一つのしかし重大な理由ではないか。 かつてわたしたちがあれほど敬愛し、学び、さらに新たな表現として昇華しようとした文化にもかかわらず。 

    そのことを振り返り、加えて関係性の危うい今だからこそ、改めて中国の美術について学んでもよいのではないか、と考える。実は、今春、自著が出版される予定なのだが、そのあたりのことにも触れている。どこかで『美術館とナショナル・アイデンティティ』(仮題)の本をみつけたら、ちょっとページを繰ってみてください。

    思わず宣伝をしてしまったが、もう一度、V&Aでの展示に戻ろう。もうひとつ、今回の展覧会で学んだことがある。それは、巻物という表現の特異性だ。 これは西洋のキャンバスや壁画、東洋でも掛け軸などとは全く違う表現形態だ。違いを一言で言うなら、後者がよりパブリックで常態として展示されるものであるのに対し、前者はもっともっとプライベートで一時的に鑑賞される形態であることだ。

    V&Aでは、かなり長大な巻物がたくさんあったが、どれも巻物をずらーと引き出して展示していた。だが、これは本来の鑑賞の仕方ではないだろう。所有者は、自分が愛でる巻物を美しい箱の中に保管しており、何かの折を見つけては、それを箱から出し、その紐を解き、ゆっくりすこしずつ巻きとりながら、そこに展開する世界を楽しんだに違いない。それは、なんと親密で至福の時だったことか。

    実のところ、巻物は展覧会向きではないのかもしれない。それでも、わたしたちは、暗い展示室内で背をかがめ、少しずつ歩を進め、友といっしょに目にはいったところを指さし、語らいながら、長い巻物を歩いて楽しむのである。それはそれで、まるで自分たちがそこに描かれた風景の中に旅するような体験であった。


    (03/01/2014)

  • 大英博物館で「春画展」をみて誇りに思ったこと

    「春画」-このタイトルに興味をもった皆さんは、春画とは何かもうご存知だろう。

    日本なら、今でも秘められた絵である。実は、私の父も持っていた。でも、金庫に隠されて、わたしら子ども目に触れることはなかった。

    その春画が、この秋、堂々、世界に冠たる大英博物館で公開されている。

    いわずもがな、多くの人々に鑑賞してほしいとの大ミュージアムの望みからである。

    -先日、見学をおえて、ほんとうにそのとおりだと思った。

    この展示を見て、個人的に思ったこと四つ。

    一つ。

    わたしにとって、春画といえば、北斎や広重ら有名な絵師たちも手がけた江戸期の版画という認識だったけれど、実はなんと17世紀まで遡ること、そんな長い歴史があることを、今回はじめて知った。

    色絵刷りの巻物 (当時、版画という技法はまだ確立されていない)に、高貴な方々の、愛のシーンがまざまざと描かれている。

    すごいと思ったのは、普通、絵巻ものは、絵と言葉が融合された表現だけれど、展示でみた多くは、いわば愛のハイライトシーンで、絵だけが描かれていて、言葉がないこと。

    まるで、ヒッチコック映画である!

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    ふたつ。

    性に対する日本人のおおらかさ。

    おそらく、同じシーンを19世紀の西洋が描いたなら、

    もっと暴力的になるか、さもなければ、卑猥で後ろめたい事として表現されたことだろう。

    もちろん、日本でも、江戸も後期になれば、次第に春画に対してタブー視がなされるようになったという。

    だが、ひとつの作品のなかで表される、恋人たちの愛の営みが、なんと美しくリラックスしていることか。

    彼らの表情もさることながら、わたしは、衣服の紋様や襞の美しさ、そこに包まれる肉体の白さや線の美しさ、そして、もっとも中心たる恋人たちの接点を描いた入念さが、みごとなハーモニーをつくっていることに、目をみはった。そして、それによって表現される、恋人たちの互いのとろけるような親密さ。

    また、展示には、同性愛者たちの、リラックスした愛のシーンもたくさん紹介されていた。

    そう、あまり知られていないけれど、少なくとも江戸初期の日本社会は、そのような性の多様性におおらかであった。

    三つ。

    どのような場でそれを観るかで、受け止め方がずいぶんと違うだろうこと。

    わたしが、今回、春画というものを上のように見ることができたのは,ひょっとしたら、これが、ミュージアムという場だったからかもしれないと思う。これが、もし、もっとプライベートで閉鎖的な場だったら、受け止め方はずいぶん違ったのではないか。

    わたしが見に行ったときは、大英博物館のひとびとは、結構、中高年の男女が多かった。彼らはどのように観たのかしら?

    いずれにせよ、作品というものは、それを観る環境で受け止め方が、ずいぶんと違うことを、今回、改めて考え直した。

    四つ。

    この展覧会のハイライトは、北斎の有名な絵、美人と蛸の性交を描いたものと、歌川国芳の女性器をものすごいクローズアップで描いたものだ。

    前者は、エキスタシーの女性のすごい濃厚な表情が息を飲まんがばかりで、とても印象深いものだった。さらに、わたしが驚いたのは後者。まず、そのような対象に迫るものを、この日本の画家が挑戦していたなんて、まったく知らなかった。

    それをみて、ついつい、わたしは、クールベの「世界の始まり」と題した、女性器のクローズアップの絵画(オルセー美術館に展示されている)を思い出した。

    が、クールベとはまったく、違うのだ。

    国芳のほうは、もっともっとユーモラスで、リラックスしている。同じ対象を捉えながら、社会主義者であったクールベのような深刻さは微塵も感じられない。

    それでいて、ちゃんと、絵としてのコンポジションが深く考えられている。まさに絵師である。だから、ピカソもビアズリーも魅了されたのだ。

    ところで、大英博物館はこの展示を日本に持っていって、どこかのミュージアムで展示したいと、ずいぶん探しまわったらしい。

    ところが、本国、日本のミュージアムは、どこもそれを受け入れられなかった。(すくなくとも今の時点では)

    日本の社会がもっていた、あの性に対するおおらかさは、今はないのだろうか。

    とにもかくにも、この春画展をみて、久しぶりに日本の文化の深さに、不思議な誇りをもったわたしです。


    (14/11/2013)

  • 2013ベネティア・ビエンナーレ:百科事典の宮殿を歩く

    2週間後のベニス行きのチケットを買った。かの地では、二年に一度の現代美術の祭典が行われている。ラストミニッツで決断したのは今回のビエンナーレのテーマ「百科事典の宮殿」に惹かれたからだ。

    ミュージアム史の研究者にとって、「The Encyclopedic Palace 百科事典の宮殿」は、ミュージアムの原型、「好奇心のキャビネット」や「ワンダーカンマー」を容易に想起させる。ミュージアムというものが近代の姿になる以前、その祖形は、さまざまな奇妙な物や珍しい物、高価な美術品が、ところ構わず混在する、まさに玉手箱だった。

     いや、ゴチャマゼ状態というのは近代人の目にそう映るのであって、実のところ、そこには持ち主の深層なシステムがあるのだが、ここでウンチク垂れるつもりは毛頭ない。わたしが興味を惹かれたのは、なぜ、今またその「宮殿」なのか、そして、現代美術を素材にして、いかにその宮殿が創られるのかが、とても気になったからだ。

    ややこしいことは、さておき全体的にはとても面白く、無理して旅してよかったと思った。特に「Arsenale」といわれる旧港湾倉庫の会場が非常によく考えられた構成だったし、選ばれた作品のひとつひとつも興味をそそられるものがおおかった。

    会場は、細長いL字型の回廊になっている。百科全書的な中世のミュージアムは、多種多様なもので全宇宙を表現するため、それなりのボリュームある空間が必要だ。細長い回廊空間と百科事典の宮殿というコンセプトには、正直いって矛盾がある。だが、それははじめから織り込み済みだったに相違ない。

    最初の部屋に入ると、まず、中央にそびえる近代的なタワーのモデルに目が行く。それが、ビエンナーレの構想のもとになった、独学のアーティスト、マリノ・アウリッチ(1891-1980)の作品「百科事典的宮殿」である。パネルには、アウリッチの考えがなぜ今回のビエンナーレのテーマになったか説明されているのだが、それも、ここではすっとばしてしまおう。


    会場にもどって、その壁面に目をやると白黒の人物写真がズラーと並んでいる。どれも、アフリカのさまざまなヘアースタイルをクローズアップしたものだ。ナイジェリアのアーティストJD’Okhai Ojeikere (1930-)である。ふたりの作品のあいだには、ジャンルだけではなく、時代的にも、地域的にもはっきりした接点がない。そのような異質のものの並列が、すべての部屋を通して構成の核になっている。しかも、アウリッチらのように、独学の画家や精神的な障害をもった人、つまり主流ではないアーティストと世界に名を馳せた現代美術家の作品が、さらっといっしょに展示されているのである。

    なぜこの組み合わせなのか-システマティックに構成された展示空間に慣れた目には、今回のビエンナーレは不可解このうえない。だけれど、「好奇心のキャビネット」のように、その(迷宮状態)に圧倒されたり、混迷させられたりすることはない。会場を歩き終え、わたしには、むしろなにか詩的な流れやリズムを感じることができた。それは、ひょっとしたら、回廊という会場の構造に救われたのかもしれない。「自然の形態」から、「人間の体」、「デジタル時代の体系」へと、ゆるやかにオーガニックにつながる流れである。

    そういえば、ベニスに行く前に、ロンドンで見たふたつの展示-「SOUZO展」も「宇宙へのもうひとつの案内展」も、同じように傍流のアート作品を脈略なく紹介する展示だった。 その重なりは偶然なのか、それとも、今のアート界における新しい方向性を示唆するのだろうか。だとしたら、わたしには楽しみなことだ。


    (09/08/2013)

  • オリンピアが見たもの:マネ展@ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

    マネが描く人々は、どこか虚ろな目をしている。
    最初にそれに気付かせてもらったのは、 たまたま仕事で、精神科医の方をロンドンのコートルード美術館にご案内した時だった。

    あの《フォーリー・ベルジュールのバー》を見て、彼はこういうのである。

    「この女給さん、周囲から自分を消していますね。 世の中には、こういう人っているんですよ。」

    確かに、パリのバーの喧騒から、黒衣のこの女性だけが浮いている。 まるでヒッチコック映画の手法だ。
    照明、匂い、タバコの煙、音楽、人々の歓声・・・はじめは、バー全体の賑やかで華々しい様子を映し出し、 カメラがある女性を捉えると、そこにズームインしながら、周囲の様子はぼやけ、音も消えていく。

    そこに、近代の都会に住むひとりの女性の孤独が浮き彫りになる。
    また新しい発見をさせてもらった。だから、絵を見ながら会話をするのは楽しい。

    先日、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツでやっている 「Manet : Portraying Life」を観に行って、 そこに登場する多くの人々の目にも、そんな虚ろさが浮かんでいるのが見て取れた。

    妻の連れ子のレオンも(彼が着ている服の黒の美しいこと!) 詩人マラルメも、とらえどころの無いまなざしをもっている。
    そのまなざしは、彼らの心の内を探るようにわたしたちを誘うのだ。

    そして、ふと思う。これは、ひょっとしたらマネが社会に向けたまなざしなのではないかと。

    最後の部屋は、マネが若い頃からモデルにしたVictorine Meurentのコーナーになっていた。

    Meurentは、あの名作「オランピア」や「草上の昼食」を含め7作に登場した、モネのお気に入りのモデルだ。
    このギャラリーには、彼女が18歳のときに描かれたという正面からの肖像画や「ストリート・シンガー」、 最後にモデルになった「列車」(ワシントンのナショナルギャラリーから)が並んでいる。

    どの作品もそれぞれのテーマがありセッティングがあるのだが、 いつも彼女の虚ろな目に吸い込まれてしまう。
    そこに急速に発展する近代という時代(バーや列車に象徴されるような)と個人のギャップがみえてくる。

    彼女は画家としてもサロンで入選する(マネが落選したときに)など活躍したのだが その後、パリを離れ、名前を変え、アルコールと貧困の中で生涯を閉じたという。

    (24/02/2013)

  • しかくい身体:アンソニー・ゴムリー

    ギャラリーの建物に近づくと、その前に鋼鉄の四角な彫刻が立っていた。
    さらによく見ると、大小さまざまな直方体・立方体で組み合わされているのだが、まわりながら眺めているうちに、ああ、これは二人の人体なのだと理解した。

    玄関に入れば、ホールの各所に何体もの彫刻が並んでいる。
    どれもこれも矩形で構成された塊だが、すべてがさまざまな姿勢をした身体だ。
    ひざを抱えて座る人、壁際に寄りかかる人、床に寝転びながら足を上げる人。
    互いに関係性をもっておらず、それぞれに孤立した存在だ。
    無機的な像の間を来館者や警備の人が動き回っている、そのズレも面白い。

    ギャラリーの一番大きな部屋には、その部屋を占領するかのような巨大なスチールの塊があった。これも、直方体や立方体で構成されている。

    あまりに大きすぎて全体がつかめないけれど、これまでの流れからこれも床に寝そべった大きな人体であることは間違いない。
    小さな私は壁に寄りかかって座りながら、その巨体と部屋の関係、そしてわたしとの関係に思いを馳せた。

    ふと、人の声が中から響いてくる。
    なんだろうといぶかしく探してみると、足元とおぼしきところに、ドアのような入り口があり通路が暗闇の中に続いている。
    誘われるままにはいっていくと、巨大なボディーの中を巡ることになる。
    照明は一切なく、ときおりはいってくる部屋の明るさを頼りに、あるいは冷たい鉄の壁面を手で探りながら
    体内への旅をするのだ。
    でも、その素材から、血の通う人体ではなくて、むしろ絶対的な存在のような感じすらした。

    これは、ロンドン南部にある「ホワイト・キューブ」ギャラリーでのアンソニー・ゴムリー展である。
    ボディをテーマに制作を続けるイギリスのアーティストだ。
    ニューカッスルの巨大なエンジェルや都会のビルの頂上に人体をおいた「ホライズン」のように、
    いつもランドスケープや建築と共鳴させる。
    今回は矩形を組み合わせて身体をつくったのも、このギャラリーが「キューブ」だからに違いない。


    (21/01/2013)

  • 植物とアートの戯れ:デヴィッド・ナッシュ展@キューガーデン

    昨今、欧米のミュージアムでは、従来の専門分野を越えた展示が目につくようになった。

    今回、ロンドンでとても有機的で親密な関係をつくった展示を見た。歴史のある広大な植物園、Kew Gardenで行われている、現代彫刻家の「David Nash」展だ。
    Nashは木を素材にするのだから、すんなり環境になじむだろう。行く前からそうは思っていた。
    では、作品が植物園にあることで、作品世界にどんなメッセージがこめられるのか。
    あるいは、作品がおかれることによって、植物園がどのような意味を浮かび上がらせるのか。
    そんなことをつらつら考えながら、晩秋の植物園をそぞろ歩いた。

    彼の作品は、戸内のギャラリー空間だけではなく、広々とした戸外の敷地や、巨大なガラスの温室の中にも点在している。
    アーティストの仕事場ですでに造られた作品を諸所に設置したというよりは、
    植物園の環境や世界からやってきたエキゾチックな植物たちからインスパイアーされて、
    この展覧会のために新たに作った(ひょっとしたらこの植物園で)のではないかと思う。
    たとえば、南洋の植物の特徴的な葉の形と呼応するようなリズムが作品に響いていたり、
    太い根幹の漆黒と光を浴びた緑葉のコントラストに、ぴったりの色調の作品がさりげなくおかれていたりする。
    時には、植物の形態があまりに個性的で力強く、アート作品ではと思わされてしまうこともあり、自然の造形に改めて感服する機会を与えてくれた。
    ひとわたり歩き回って、
    はは~、これは、一点一点の作品というより、植物園全体を場にしたインスタレーションなんだと思った。
    植物たちも彫刻作品も、そうして隣合わせにいることで、それぞれの美しさを際立たせていた。

    あとで知ったことだが、作品づくりに使った素材は、この植物園にあった木々で、死んでしまったものを使ったのだそうだ。
    アートとしての再生- ひとつひとつの作品にNashの自然へのひかえめな敬愛がこめられている。
    それを植物園のなかに設置することで、
    生と死という深遠なテーマや人間の営みと植物との関係性への問いが立ちあらわれる。

    Nashは、通常の美術館という空間ではめったに展覧会を行わない。
    彼の表現やその思想が、美術館という場にそぐわないからだろう。
    今回は、美術館とは何かを改めて考えさせる機会でもあった。

    会期中、違う季節にもう一度行ってみたい。

    2013年4月14日まで


    (18/11/2012)

  • 時空を超えるブロンズ:ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

    扉を開けると、美しい人体が紺碧の空間に浮かんでいた。
    鈍く輝くその体は、両手と右足がないのに、
    残った左足が宙をけり、上体は優美に捩れ、美しい顔を右肩に傾けている。
    流れる背中の線から、臀部のふくらみ、繊細な足先、なびく髪にいたるまで、
    躍動感とエクスタシーに溢れている。

    目にしているのは、紀元前4世紀のものと推定される「踊るサタイア」だ。
    濃い青の壁面に囲まれた部屋の中央に、そのブロンズ像は置かれいる。他には何もない。
    わたしは、まるで、1998年にこの古代の神を発見したシシリー島の漁夫の気持ちになった。
    海岸でこの像を見つけたとき、どんなに恍惚の時を味わったことだろう。

    ここはロンドン。
    ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開かれている「ブロンズ」展の最初の部屋。
    いきなりグイっと、引き込まれてしまった。
    この展覧会は、ブロンズという素材を使って、人類が生み出した作品の数々、その多様性や表現力の深さを直裁に物語る。
    構成は、地域別にも、時代順にもなっていない。
    「人体」「動物」「集団」「神々」というテーマによって部屋がわかれ、別の時代の別の場所で制作されたものが隣合せに並ぶ。
    たとえば、ロダンの人体像と中国の神像、アメリカの現代作家デ・クーニングの抽象的な人体像といった具合だ。

    歴史順という従来のミュージアムの定石を外した展覧会が増えてきたことは、このブログで再三述べてきた。
    だが、新しいアプローチ、テーマ展示は、その斬新さのために、ややもすると来館者を迷わしてしまうこともあるのだが、この展覧会は成功している。
    ブロンズという素材をシンプルにテーマにすることで、実に無理なく展開してみせるのである。
    それによって、考古学や古典美術、文化人類学、現代美術という既成の学問のボーダーを軽々と乗り越えることができるわけだ。ミュージアムの専門性のために、ふつうは同じ展示に並ばないものを、いっしょに鑑賞できるのは、実に贅沢な体験だ。

    一点一点のセレクションもすばらしい。
    個人のコレクションを含め、世界中から超一級のブロンズ作品を集めている。これだけのものを調査し、集め、構成するとは、さすが、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツだと思った。

    最後に、もうひとつ、お気に入りを見つけたので、覚え書きしておきたい。
    それは、ジェコメッティを思わすような、極端に細長くデフォルメされた少年像だ。
    細いながらに、下腹部は少年らしいまるみを帯び、のびのびとした足は地面をしっかり掴んでいる。きれいに分けた髪が小さな顔をふっくらと包む。
    その存在感は忘れがたい。
    現代美術かと思いきや、なんと、紀元前2世紀のエトルリアのものだという。
    エトルリアとは、古代ギリシア文化ともビザンチン文化とも違う、古代ローマ以前にイタリア半島中部でおこった文化だ。この像以外にも、会場のあちこちに古代エトルリアの作品があった。
    そのどれもがとてもユニークだ。
    昔、教科書で学んだはずなのに、わたしには「発見」である。


    (05/11/2012)

  • アートに巻き込まれる!:Tino Sehgal @テート・モダン

    うす暗くて巨大なタービンホールを、たくさんの人がこちらに向かって歩いてくる。
    老若男女、服装もさまざま、だけど、だれも鞄をもっていないのが奇妙。
    彼らは一定の方向に走ったり、すわりこんだり、歌ったり、ばらばらの動きをしたり・・・
    そうか、これは美術館の訪問客ではなくて、パーフォマンスなんだと気付く。
    もちろんステージはない。ときには、パーフォーマーたちが、ホンモノの来館者にまぎれてしまう。

    興味津々で、ことの展開を見たり、写真を撮ったりしていたら、
    メンバーのひとりが近づいてきた。と、思いきやいきなり声をかけられた。
    なるほど、これもパーフォーマンスの一部なのか。気がつけば彼女のペースについて歩いていた。
    つまり、わたしも作品の一部になってしまったってわけ。

    「先週ね、長いことインドにいってた男友達がロンドンに帰ってきたのよ・・・」

    彼女が話しだしたのは、旧知の仲というような中身の話。

    「で、お金がないから家に泊めさせてあげてるの、今。 (中略) 助けてあげたいのは山々なんだけどさ、なんか、へんな気分・・・」

    わたしの方こそ「へんな気分」になったけど、このパフォーマンス自体のことを聞いてみたくてしかたない。
    「あの、これって・・・」
    「いや、だめなのよ。そのことは言えないの。だから友達を紹介するね」

    「へ?」
    で、わたしは、先を歩いている他のパーフォマーに手渡されてしまった。
    そして、彼もまた、突然とても個人的な話をはじめる。他のパーフォマーたちと同じ方向に歩きながら・・・

    「ぼくの最初の記憶っていうのはね・・・」
    「子どもの頃シンガポールに住んでたとき、家族とお寺か何かにいったんだ。そこにものすごい大蛇がいて」
    「でもさ、それがほんとに僕自身の記憶なのか、後から写真を見て、記憶だと思い込んでしまったかわかんないんだ。 (中略) あなたの最初の記憶は何?」
    「えーっと・・・」
    やっぱり、彼も、このパーフォマンス自体については答えてくれなかった。
    そして、別のひとりに紹介されたのだ。

    彼らの話は、与えられたシナリオではなくて、ひとりひとりの個人的な物語なのだろう。
    だから、まったく知らない他人なのに、その顔や声に懐かしさを覚えてしまう。

    なんだかよくわからなかったけど、ともかく不思議な体験だった。
    あとでわかったのは、これがTino Shgalというアーティストの作品だということ。
    どこがアートなのよ?と聞かれそうだが・・・。
    パーフォマンスをみても、巻き込まれてしまえばなおさら
    自己と他者の関係というものを、身体をもって問いかけてくるのは確かだ。
    空間と主体/客体の経験や関係性をずらすことによって、新鮮な出会いが生じる。

    以前にエントリーしたジェレミー・デラーもそうだが、昨今アートの世界では、見る者との従来の「距離」を再構築するような作品が増えてるような気がする。
    セーガルのパーフォーマンスは、この夏に誕生したテートの新しい空間、the Tankの目指す「ライブ・アート」ともつながっているのだろう。
    目が離せない。

    tino 1

    (06/10/2012)

  • ハイテクの墓場に生きる:Pieter Hugo の写真

    ハイテクの墓場に生きる:Pieter Hugo の写真

    白濁した背景。
    そのど真ん中に、黒人の男が険しい顔をこちらに向けて立っている。
    左肩には古びたタイヤ、頭には様々な色のコンピュータ配線の絡まった塊が、まるで伝統的な帽子のよう。
    荒廃したモノクロの風景に男のシルエットが、そのまなざしが、くっきりと力強く、厳しく、かつ悲しい。

    フォトグラファーズ・ギャラリーで南アフリカの写真家Pieter Hugoの「Permanent Error」が行われています。
    ガーナの首都近郊にある、広大なハイテクノロジーの廃棄物処理場で撮影された写真シリーズです。
    処理場とはいっても、近代的に整備された施設ではなく、ただの野焼き状態の、たいへん有害な環境。
    青い空などどこにもなく、空気は澱み、異臭を放ち、のどに突き刺さる。
    その中に住みながら、リサイクルの仕事で日銭をかせぐ労働者たちのポートレートです。

    私たちは、貧富の差が地球規模で蔓延していることを知っています。いや、「知っている」と思っている。
    でも、どこまで「知っているっていうの?」 そう、この写真展は問いかけてくるのです。
    ひょっとしたら、もう無感覚になってしまって、見て見ぬふりをしているだけなのかもしれません。
    Hugoの作品は、テクノロジーが進化をし続けるその華やかさと平行して、今も、地球のどこかで貧困や不正が留まる気配もみせず、ひたひたと進行していることを、実体的に思い出させます。

    わたしは写真の中の男も女も笑っていないことが、気になりました。
    シビアな問題を取り上げているのだから、当たり前のようにも思えます。
    しかし、南アフリカでの体験から、どんなに生活が苦しくても、人々は写真を撮られることが大好きだったことを思い出す。カメラを向ければ、必ずといってよいほど笑顔を見せてくれたものです。
    Hugoの場合も、その場かぎりの撮影なら、人々はそう反応したのではないかと想像します。
    では、彼らの真剣なまなざしはどこからきたのか。
    それは、Hugo自身が被写体となった人々と、この貧困の問題、環境問題についてじっくり話をしたからではないか。
    そこでしか生きられない彼らの生について、共に語りあったからこそ、人々の現実が彼らの表情を通して表れたのではないかと、思うのです。
    だとすれば、それは、裏返ってわたしたちの現実でもある。
    そして、私たちも「真剣なまなざし」でこの現実を見据えないといけないのではないか、そう考えさせられた展覧会でした。

    (17/08/2012)