投稿者: Opekepen

  • しかくい身体:アンソニー・ゴムリー

    ギャラリーの建物に近づくと、その前に鋼鉄の四角な彫刻が立っていた。
    さらによく見ると、大小さまざまな直方体・立方体で組み合わされているのだが、まわりながら眺めているうちに、ああ、これは二人の人体なのだと理解した。

    玄関に入れば、ホールの各所に何体もの彫刻が並んでいる。
    どれもこれも矩形で構成された塊だが、すべてがさまざまな姿勢をした身体だ。
    ひざを抱えて座る人、壁際に寄りかかる人、床に寝転びながら足を上げる人。
    互いに関係性をもっておらず、それぞれに孤立した存在だ。
    無機的な像の間を来館者や警備の人が動き回っている、そのズレも面白い。

    ギャラリーの一番大きな部屋には、その部屋を占領するかのような巨大なスチールの塊があった。これも、直方体や立方体で構成されている。

    あまりに大きすぎて全体がつかめないけれど、これまでの流れからこれも床に寝そべった大きな人体であることは間違いない。
    小さな私は壁に寄りかかって座りながら、その巨体と部屋の関係、そしてわたしとの関係に思いを馳せた。

    ふと、人の声が中から響いてくる。
    なんだろうといぶかしく探してみると、足元とおぼしきところに、ドアのような入り口があり通路が暗闇の中に続いている。
    誘われるままにはいっていくと、巨大なボディーの中を巡ることになる。
    照明は一切なく、ときおりはいってくる部屋の明るさを頼りに、あるいは冷たい鉄の壁面を手で探りながら
    体内への旅をするのだ。
    でも、その素材から、血の通う人体ではなくて、むしろ絶対的な存在のような感じすらした。

    これは、ロンドン南部にある「ホワイト・キューブ」ギャラリーでのアンソニー・ゴムリー展である。
    ボディをテーマに制作を続けるイギリスのアーティストだ。
    ニューカッスルの巨大なエンジェルや都会のビルの頂上に人体をおいた「ホライズン」のように、
    いつもランドスケープや建築と共鳴させる。
    今回は矩形を組み合わせて身体をつくったのも、このギャラリーが「キューブ」だからに違いない。


    (21/01/2013)

  • ドロシーの赤い靴:ハリウッド映画コスチューム展@V&A

    はっきりいってハリウッド映画は嫌い。
    だから、ロンドンのヴィクトリア&アルバート・ミュージアム(V&A)での「ハリウッド・コスチューム」展にも、あまり触手が動かなかった。
    V&A館内にある美術図書館に行った折に、ついでだから行ってみようとしたこともあったが、いつもチケットオフィスに長蛇の列ができているのをみて、ますます引いた。
    先日また図書館に行ったら、ことのほか空いていたので、えいっとチケットを買った。
    それが面白いのである。

    ハリウッド映画かよって馬鹿にしているけれど、いやそれなりに歴史もあれば、深みもある。世界を騒がすには、ちゃんとわけもある。
    昔は数々の名作を世に出したのは確かだし、今だって世間を騒がす作品を生み続けている。
    だれもが知っているーおそるべきアメリカ文化だ。
    だから、どんな世代も、インドやイスラム圏からの移民も、アメリカ嫌いのイギリス人も、ハリウッド嫌いのわたしみたいなひねくれモノも、いくつかの作品はちゃんと見ている。
    つまり、だれもがこの展覧会に共感できる部分をはじめからもっているのである。
    展覧会の成功に、このことの意味は大きい。

    しかも、なじみの作品に登場したコスチュームをマジかでみることができるのだ。
    映像の中ではわからなかった実際の大きさや、質感や、微妙な色合いが手に取るようにわかる。
    たとえば、チャップリンが着た浮浪者の衣装を見て、ああ、やっぱり小さい人だったんだなとか。
    「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラの衣装はたっぷりドレープを施した光沢のある素晴らしいドレスで、衣装にも金がかかってたんだなとか。
    最近のでは、「パイレーツ オブ カリビアン」や「アバター」の衣装とかもあった・・・映画、観てないけど。
    3D映像を駆使した「アバター」はヴァーチャルだからこそ、その衣装は自然素材を使った手の込んだエスニックなもので、なるほど、リアリティをそういう細部で表現するのだと会得した、ような気になった。

    もうひとつ面白いのは、展示の主体である本物のコスチュームと映像をうまく利用していることだ。
    一点一点のコスチュームの頭の部分には、小さな映像があってそこにそれを着用した俳優たちの顔が映りこんでいる。それも静止画像ではなくて、しばらく見ていないとわからないほどゆっくり動いている。
    だから、そこにあるのは映画作品から切り離されたただの展示物ではなくて、オリジナルの映画の登場人物と結びつけながら、衣装のディテールを楽しめるようになっている。 

    もちろん、展示背景に映画の関連シーンをもってくるなど、展示の常套手段も使っていた。
    展覧会の協賛に「サムソン」がはいっている―なるほどね。

    展示会場全体で、もっとも興味を引かれたのは、中間あたりにあったコーナー。
    ここでは、大きな机があって、その上に現のコスチュームや映画の映像とかがあるのだけれど、
    隣接する椅子に、さも、そこに腰掛けているかのように、それを着た俳優や、衣装を作ったデザイナーあるいは映画監督などのインタビュー映像がある。彼らは、その衣装をめぐって会話をしている。
    まわりには、同じような空いた椅子があり、来館者も座ることができる。
    つまり、わたしたちもその会話のなかに入り込めるような、気の利いた設定になっているのだ。
    (もっとも、あんまりに混んでいたら、それもムズカシイだろうけど。)

    例えば、ヒッチコック作品の「鳥」で、メラニーが着ていたシンプルな緑のスーツが展示されており、
    椅子には、メラニーを演じたティッピ・ヘドレンと、衣装を担当したデザイナーがそのスーツにまつわる話をしている。そこに座って耳を傾けながら、衣装というものが、役作りの中、いや映画作り全体の中で、どんな役割を果たすのか、それに対してデザイナーはどんな挑戦をするのかが理解できていくってわけ。

    メリル・ストリープやロバート・デ・ニーロは、ハリウッド映画きっての演技派俳優として有名だけど、
    様々な役を演じるときに彼らが着たコスチュームがずらーっと並んでいるコーナーもあり、興味深かった。
    「タクシー・ドライバー」「レイジング・ブル」「カジノ」「フランケンシュタイン」・「サッチャー鉄の女」「ママ・ミアー」「愛と悲しみのはて」・・・
    映像のなかで彼らもインタビューにこたえており、役作りをしていく過程で衣装がどんなに重要か、その役作りが映画の話をいかに肉付けしていくかなどの話をしてくれる。
    ふと、こういうセッティングって、ミュージアムの展覧会だからこそできることなんだよな、と思った。

    最後の部屋は、ハリウッド映画の名作オンパレードという感じ。
    その生産力や世界に与えた影響たるや・・・。
    そこに、おとうさんと連れ立った小さな男の子がいたのだけど、
    まわりには大人たちが立ち並んでいて、面白くもなんともないただの服をじーっと見てて、ちっとも動かなくて、つまらなそうだった。
    そしたら、その子が上を見て、急に声をあげた。
    「ねえ、パパ、あそこ、スーパーマン」「あれは、バットマン」「あっちはスパイダーマンだー」(^∀^)
    そのキャラクターたちは、天井に浮かんでいたり、壁に張り付いていたり、暗い展示場に潜んでいて、大人たちは見過ごしていたのである。
    会場で笑いがおきたのは言うまでもない。
    ーおそるべしハリウッド。てか、V&A。

    (23/12/2012)

  • 語られない歴史:原爆投下の本当の理由

    今月、アメリカで「プラトーン」や「JFK」で知られる映画監督オリバー・ストーンの新作シリーズがリリースされた。
    「The Untold History of The United States」という、戦後アメリカ史に関するドキュメントリーだ。
    このフィルムでは、ヒロシマ・ナガサキでの原爆の投下から始まって、JFK時代、ニクソン、ブッシュ、そしてオバマ大統領にいたるまでの長大な時間枠の中で、
    公には語られてこなかったストーリーに焦点があてられているという。

    「歴史」はけっして公正ではなく、「創られる」ものであることは、ホブズボウムら社会学や歴史学者たちが主張してきたことだ。
    その上でこの新作に興味を覚えたのは、日本との関係が重要なファクターになっていることの他にもう一つある。
    それは監督がこのドキュメンタリーをつくった動機だ。
    オリバー・ストーンは、アメリカでは、戦後一貫して、学校の教科書で語られる歴史が嘘で塗り固めてきたことを嘆き、
    ベトナム戦争を経験した者として、次世代に本当のことを伝えるためにドキュメンタリーをつくりたいと思っていたのだそうだ。
    わたしは、アメリカの教科書を読んだことはないけれど、
    彼の言葉は、以前このブログで紹介したスミソニアン国立アメリカ歴史博物館での戦争展示のことに直結した。

    たとえば原爆投下について、
    「あれは、戦争を終結させるために、やむを得ない判断だった」のであり、
    結果的に、アメリカ兵を家に帰らせ、アジアの多くの人々を解放した「GOOD WAR」だったと、
    アメリカの学校ではずっと教えられてきたと、ストーンはいう。そして、「うちの娘も今現に教えられている」と付け加える。
    しかし、原爆投下より以前に、日本が軍事的に大敗していることは火をみるより明らかで、
    そのことはアメリカの指令部はもちろん、日本側も充分に認識していた。
    原爆が落とされる前の7月には、天皇ヒロヒトから平和を望む旨の電信がアメリカに送られたという記録があるのだそうだ。
    つまり、原爆投下などしなくても終戦に導くことは充分可能だった。にもかかわらず、
    ふたつの都市の上に最悪のデヴィルを落としたのである。
    なぜか。
    これについては、誕生したばかりの超兵器を試してみたかったからとか、
    劣等人種をモルモットに人体実験をしたかったからなどという意見もあるけれど、
    歴史学者がコミットしたこの映画では、
    ロシア軍が大挙して日本列島にせめよせており、
    終戦後の連合国間における分け前をめぐる取引がすでに頭にあったからだと主張する。

    何が真実か。
    わたしにはそれを解くだけの知識も歴史的考察の訓練もない。
    解明されなければならないことはまだまだたくさんある。
    ただ言えるのは、歴史は「操作される」ということが、ここでも証明されたということだ。
    なにが本当の理由であれ、原爆投下が「戦争終結のためではなかった」ことは、おそらく間違いない。
    その一方で、それがために市井の人々が受けた犠牲、日本社会が負った傷は計りがたく大きい。
    そして、人道的な観点からもけっして許せない人類的過ちを隠蔽するために、
    自国アメリカ人や世界の目をくらますために、
    当事者の都合のよいように歴史は創られた。
    これは、「GOOD WAR」だったと。
    アメリカだけではない。
    占領下の日本でも、被爆の被害の大きさは国家的に隠蔽された。
    敗者の歴史は、勝者の都合のよいように捻じ曲げられ、その社会的後遺症が今も残っている。

    そのように、アメリカの教科書で一貫して書かれてきたことは、
    「歴史博物館」での語り方とそっくりそのまま符合する。
    スミソニアン国立アメリカ歴史博物館の展示は、
    原爆投下は戦争を終わらせ、多くの人々に解放をもたらしたのだと
    戦争とは人々の自由の代価なのだと、語るのだ。

    このことはもちろん、わたしたちが戦争の被害者として相手の歴史認識を問いただすだけではなく、
    翻って、自己の歴史がいかに創られてきたか、加害者としての自己はどう描かれたきたかを、真剣に問い正す契機としなければなるまい。
    少なくとも、アメリカではこのようなドキュメンタリーが公開された。
    そのことの意義は大きい。
    日本のメディアはどうか。教科書はどうか。そして、ミュージアムはどうなのだろうか。


    (26/11/2012)

  • 植物とアートの戯れ:デヴィッド・ナッシュ展@キューガーデン

    昨今、欧米のミュージアムでは、従来の専門分野を越えた展示が目につくようになった。

    今回、ロンドンでとても有機的で親密な関係をつくった展示を見た。歴史のある広大な植物園、Kew Gardenで行われている、現代彫刻家の「David Nash」展だ。
    Nashは木を素材にするのだから、すんなり環境になじむだろう。行く前からそうは思っていた。
    では、作品が植物園にあることで、作品世界にどんなメッセージがこめられるのか。
    あるいは、作品がおかれることによって、植物園がどのような意味を浮かび上がらせるのか。
    そんなことをつらつら考えながら、晩秋の植物園をそぞろ歩いた。

    彼の作品は、戸内のギャラリー空間だけではなく、広々とした戸外の敷地や、巨大なガラスの温室の中にも点在している。
    アーティストの仕事場ですでに造られた作品を諸所に設置したというよりは、
    植物園の環境や世界からやってきたエキゾチックな植物たちからインスパイアーされて、
    この展覧会のために新たに作った(ひょっとしたらこの植物園で)のではないかと思う。
    たとえば、南洋の植物の特徴的な葉の形と呼応するようなリズムが作品に響いていたり、
    太い根幹の漆黒と光を浴びた緑葉のコントラストに、ぴったりの色調の作品がさりげなくおかれていたりする。
    時には、植物の形態があまりに個性的で力強く、アート作品ではと思わされてしまうこともあり、自然の造形に改めて感服する機会を与えてくれた。
    ひとわたり歩き回って、
    はは~、これは、一点一点の作品というより、植物園全体を場にしたインスタレーションなんだと思った。
    植物たちも彫刻作品も、そうして隣合わせにいることで、それぞれの美しさを際立たせていた。

    あとで知ったことだが、作品づくりに使った素材は、この植物園にあった木々で、死んでしまったものを使ったのだそうだ。
    アートとしての再生- ひとつひとつの作品にNashの自然へのひかえめな敬愛がこめられている。
    それを植物園のなかに設置することで、
    生と死という深遠なテーマや人間の営みと植物との関係性への問いが立ちあらわれる。

    Nashは、通常の美術館という空間ではめったに展覧会を行わない。
    彼の表現やその思想が、美術館という場にそぐわないからだろう。
    今回は、美術館とは何かを改めて考えさせる機会でもあった。

    会期中、違う季節にもう一度行ってみたい。

    2013年4月14日まで


    (18/11/2012)

  • 時空を超えるブロンズ:ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ

    扉を開けると、美しい人体が紺碧の空間に浮かんでいた。
    鈍く輝くその体は、両手と右足がないのに、
    残った左足が宙をけり、上体は優美に捩れ、美しい顔を右肩に傾けている。
    流れる背中の線から、臀部のふくらみ、繊細な足先、なびく髪にいたるまで、
    躍動感とエクスタシーに溢れている。

    目にしているのは、紀元前4世紀のものと推定される「踊るサタイア」だ。
    濃い青の壁面に囲まれた部屋の中央に、そのブロンズ像は置かれいる。他には何もない。
    わたしは、まるで、1998年にこの古代の神を発見したシシリー島の漁夫の気持ちになった。
    海岸でこの像を見つけたとき、どんなに恍惚の時を味わったことだろう。

    ここはロンドン。
    ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開かれている「ブロンズ」展の最初の部屋。
    いきなりグイっと、引き込まれてしまった。
    この展覧会は、ブロンズという素材を使って、人類が生み出した作品の数々、その多様性や表現力の深さを直裁に物語る。
    構成は、地域別にも、時代順にもなっていない。
    「人体」「動物」「集団」「神々」というテーマによって部屋がわかれ、別の時代の別の場所で制作されたものが隣合せに並ぶ。
    たとえば、ロダンの人体像と中国の神像、アメリカの現代作家デ・クーニングの抽象的な人体像といった具合だ。

    歴史順という従来のミュージアムの定石を外した展覧会が増えてきたことは、このブログで再三述べてきた。
    だが、新しいアプローチ、テーマ展示は、その斬新さのために、ややもすると来館者を迷わしてしまうこともあるのだが、この展覧会は成功している。
    ブロンズという素材をシンプルにテーマにすることで、実に無理なく展開してみせるのである。
    それによって、考古学や古典美術、文化人類学、現代美術という既成の学問のボーダーを軽々と乗り越えることができるわけだ。ミュージアムの専門性のために、ふつうは同じ展示に並ばないものを、いっしょに鑑賞できるのは、実に贅沢な体験だ。

    一点一点のセレクションもすばらしい。
    個人のコレクションを含め、世界中から超一級のブロンズ作品を集めている。これだけのものを調査し、集め、構成するとは、さすが、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツだと思った。

    最後に、もうひとつ、お気に入りを見つけたので、覚え書きしておきたい。
    それは、ジェコメッティを思わすような、極端に細長くデフォルメされた少年像だ。
    細いながらに、下腹部は少年らしいまるみを帯び、のびのびとした足は地面をしっかり掴んでいる。きれいに分けた髪が小さな顔をふっくらと包む。
    その存在感は忘れがたい。
    現代美術かと思いきや、なんと、紀元前2世紀のエトルリアのものだという。
    エトルリアとは、古代ギリシア文化ともビザンチン文化とも違う、古代ローマ以前にイタリア半島中部でおこった文化だ。この像以外にも、会場のあちこちに古代エトルリアの作品があった。
    そのどれもがとてもユニークだ。
    昔、教科書で学んだはずなのに、わたしには「発見」である。


    (05/11/2012)

  • 水車のある博物館:バーゼル

    中秋の曇り空の下、スイスのバーゼルの町のはずれを歩いていた。
    ここには、中世の昔、修道院があったという。
    ライン川を見下ろす小高い場所には、その一部であった塔がぽつんと立っている。
    落ち葉が敷き詰められた坂道を降りていけば、時折、犬と散歩する人々と出くわした。
    川に注ぎ込むように細い運河が流れ、石造りの家々が軒を並べている。
    入り組んだ小道は、かつて人々の生活と運河が結びついていたことを静かに語ってくれた。

    その運河の一角に、大きな水車をみつけた。
    風格のある木製の水車は、今も水しぶきをあげて仕事をしている。
    それが、探していた「紙の博物館」だった。
    中に入ると、博物館というより工房そのもので、水車のギアが音をたてて回り、石臼のなかの布のはぎれを砕いていた。
    はぎれからとりだした繊維が紙の原料になるのである。

    濡れた石床を進むと、子供たちがスタッフといっしょに、製紙のある工程を実践していた。
    博物館には、そのように、製紙・製本に関し、来館者が実際に手を動かせるコーナーがいくつもあった。
    印象的なのは、それらの活動が、子供にもわかりやすいようにと噛み砕いた、
    ややもすると上から目線にもなりかねないアプローチにはなっていないことだ。
    かつての面影をうまく利用しながら、博物館のコレクションである各時代の道具がセットされ、
    製本までのさまざまな仕事を体験しながら、だれでも理解できるようになっている。
    それぞれのコーナーでつくった紙は、お土産にと封筒にいれて渡してくれる。
    子どもたちを、決して子ども扱いしすぎず、好奇心旺盛な学ぶ人として、対応しているのがわかる。
    博物館全体が、建物もモノも人々のかかわりも、実に自然で有機的だと思った。
    そして、そのことは中世ヨーロッパでは、修道士こそが本を生み出す人々だったという歴史、この土地の歴史と繋がっていくのである。

    水車のある博物館をあとに、封筒の中の紙のにおいを嗅ぎながら、町に向かって歩き出した。
    本というものが今後どのように変わっていくのか、
    その存在そのものが、消えうせるのだろうか。
    そうなったとき、この博物館はどのように次の世代に伝えていくのかと、思いをはせつつ。

    Paper Mill Museum Basel


    (03/11/2012)

  • 風景・建物・美術館:バイエラー財団美術館

    (2012年10月半ば、スイス北部のバーゼルと、首都ベルンに行ってきました。2から3回にわたり訪ねたミュージアムをご紹介します)

    フランスとドイツの国境に接するバーゼルの街中からトラムで15分ほどの郊外。
    電車から降り立つと、道路を隔てた生垣の向こうに小道があり、美術館へと続いていた。
    目指すのは、バイエラー財団美術館。
    実は、行く前から、その建物がかのレンゾ・ピアノによるものと聞いていたので、パリのポンピドュー・センターのようなハイテク・ポストモダン建築を思い描いていたのが、みごとに裏切られてしまった。
    植え込みの向こうに見えてきたのは、赤い砂岩の壁とガラスで覆われた、落ち着きのある建物。
    壁面いっぱいのガラス窓からギャラリーの内部が見通せ、その様子は庭の色づいた木々とともに、手前の池に映りこんでいる。
    池はゆるやかな傾斜となって起伏ある土地に溶け込み、目を転じればワイン畑が小高い丘に繋がっている。
    その庭にジェフ・クーンによる花で覆われた巨大な頭部が立っていなければ、現代美術の美術館だとは思わなかったかもしれない。
    チケット売り場で、これがレンゾ・ピアノの建築かと確認したほどだ。
    だが、建築や周囲の環境がもつこの穏やかさは、美術館の基本コンセプトに呼応していることを、あとで理解するのである。

    さらに建物に向かえば、美術館建築によくあるような美の殿堂に上がっていくステップがない。
    小道がそのままギャラリーの床に繋がり、圧倒されることなく、空間に吸い込まれていく。
    中に入れば、天井高く、全体的に明るい。
    池に面したギャラリーでは大窓から、内部に位置するギャラリーでは天井全体からやわらかな自然光が差し込んでくる。
    通気孔から明るい色の木材で覆われた床に至るまで、すべてが控えめだ。

    展示構成は歴史順にはなっていない。
    ひとつの部屋は2-3人の美術家たちの作品が展示されているが、その組み合わせには、審美的な観点と作品の背景に対する配慮の融合がみられる。
    ピカソとセザンヌの女性の頭部の作品を描いたものが並列しているかと思えば、アンリ・ルソーのジャングルを描いた大作の隣に大きなオセアニアの仮面が置かれてい たりする。
    後者についてつけ加えれば、「プリミティブ」というモダンの見方をいまだにやっているのかと批判的に捉えられそうだが、それぞれの作品間に主従の関係など見当たらず、同じリスペクトをもって展示されているのがわかる。
    別の部屋では、壁面すべてにマーク・ロスコの大作が架けられ、床にはジャコメッティの大きな人体像が置かれている。しかも、それらが整然と配置されているのではなく、自然な主体的位置を与えられているのだ。
    そのためか、ギャラリー内で歩いたり立ち止まったりする来館者たちさえもがその空間のなかに溶け合っているように見えた。
    はっとさせられたのは、フランシス・ベーコンのゆがんだ人体を描いた油絵と、ロダンの屈折した人体像、ルチオ・フォンタナの呼吸を思わせるような彫刻作品が並んでいる部屋だった。美術史的には関連の薄い3人の作品が、テーマや形態という点で不思議に共鳴しあっている。

    ここにあるのは、ロンドンのテートモダンのようなテーマ展示でもない。テートのように、なぜこの組み合わせなのかと悩まされることもない。 このギャラリーの展示はどこをとっても自然で気負いがない。
    そこでの体験は、どこか暖かで親密なものだった。
    それは、同じ空間に展示された作品同士が、作品と建物が、建物と周囲の風景が実に心地よく響きあっていることからもくるのだろう。月並みな言い方だが、そこには、レンゾ・ピアノや創設者バイラー、キューレターたちのパーソナルな想いが感じられたのである。

    自分のコレクションをパブリックに公開しようと思った時、バイエラーはまず手っ取り早く市に寄付することを考えたのだそうだ。(バーゼル市美術館は市規模では欧州最大と聞く)
    だが、ロケーション選びなどで難航し、最終的に財団を作って、私設の美術館をつくることにした。
    建築はコンペにせず、レンゾ・ピアノと決まっていた。その彼ともなんども美術館づくりの話合いをしたのだとか。
    もし最初の考えどおり、公の美術館にはいったとしたら、このような親密さを感じさせる美術館体験にはならなかったのではないだろうか。
    好きな美術館がまたひとつ増えた。

    beyeler foundation

    (15/10/2012)

  • アートに巻き込まれる!:Tino Sehgal @テート・モダン

    うす暗くて巨大なタービンホールを、たくさんの人がこちらに向かって歩いてくる。
    老若男女、服装もさまざま、だけど、だれも鞄をもっていないのが奇妙。
    彼らは一定の方向に走ったり、すわりこんだり、歌ったり、ばらばらの動きをしたり・・・
    そうか、これは美術館の訪問客ではなくて、パーフォマンスなんだと気付く。
    もちろんステージはない。ときには、パーフォーマーたちが、ホンモノの来館者にまぎれてしまう。

    興味津々で、ことの展開を見たり、写真を撮ったりしていたら、
    メンバーのひとりが近づいてきた。と、思いきやいきなり声をかけられた。
    なるほど、これもパーフォーマンスの一部なのか。気がつけば彼女のペースについて歩いていた。
    つまり、わたしも作品の一部になってしまったってわけ。

    「先週ね、長いことインドにいってた男友達がロンドンに帰ってきたのよ・・・」

    彼女が話しだしたのは、旧知の仲というような中身の話。

    「で、お金がないから家に泊めさせてあげてるの、今。 (中略) 助けてあげたいのは山々なんだけどさ、なんか、へんな気分・・・」

    わたしの方こそ「へんな気分」になったけど、このパフォーマンス自体のことを聞いてみたくてしかたない。
    「あの、これって・・・」
    「いや、だめなのよ。そのことは言えないの。だから友達を紹介するね」

    「へ?」
    で、わたしは、先を歩いている他のパーフォマーに手渡されてしまった。
    そして、彼もまた、突然とても個人的な話をはじめる。他のパーフォマーたちと同じ方向に歩きながら・・・

    「ぼくの最初の記憶っていうのはね・・・」
    「子どもの頃シンガポールに住んでたとき、家族とお寺か何かにいったんだ。そこにものすごい大蛇がいて」
    「でもさ、それがほんとに僕自身の記憶なのか、後から写真を見て、記憶だと思い込んでしまったかわかんないんだ。 (中略) あなたの最初の記憶は何?」
    「えーっと・・・」
    やっぱり、彼も、このパーフォマンス自体については答えてくれなかった。
    そして、別のひとりに紹介されたのだ。

    彼らの話は、与えられたシナリオではなくて、ひとりひとりの個人的な物語なのだろう。
    だから、まったく知らない他人なのに、その顔や声に懐かしさを覚えてしまう。

    なんだかよくわからなかったけど、ともかく不思議な体験だった。
    あとでわかったのは、これがTino Shgalというアーティストの作品だということ。
    どこがアートなのよ?と聞かれそうだが・・・。
    パーフォマンスをみても、巻き込まれてしまえばなおさら
    自己と他者の関係というものを、身体をもって問いかけてくるのは確かだ。
    空間と主体/客体の経験や関係性をずらすことによって、新鮮な出会いが生じる。

    以前にエントリーしたジェレミー・デラーもそうだが、昨今アートの世界では、見る者との従来の「距離」を再構築するような作品が増えてるような気がする。
    セーガルのパーフォーマンスは、この夏に誕生したテートの新しい空間、the Tankの目指す「ライブ・アート」ともつながっているのだろう。
    目が離せない。

    tino 1

    (06/10/2012)

  • 包む文化:日英比較

    外国に暮らすと、自国の文化がよく見えるというのはよく言われることですが、
    ロンドンに住む私にとってのそのひとつが、日本は「包む文化」だという点です。
    こちらで買い物をして、包装紙で包んでもらうことなんて有り得ません。
    プレゼント用ですか?なんて絶対に聞かれない。
    そういう文化じゃないから。
    アクセサリーを買っても、靴を買っても、姪っ子のおもちゃを買っても、
    キャベツのように袋にボン。

    では、プレゼントの場合はどうするのかというと、自分で包装紙を買って包むのです。
    考えればエコですよね。
    文具店にいけば包装紙もいろんな種類があってそれを選ぶのも、リボンなどでアレンジするのも楽しいし。
    中身を手作りのものにしたり、時には、使いまわしなあーんてこともできちゃうわけで。

    こないだ、日本とイギリスのデパートに勤務されていた方とお話をしたのですが、
    日本では、包み方にもいろいろと規則があって、今でもほんとうに厳しいのだそうです。
    子どもの頃見たあのマジックは、やはり訓練の賜物なのですね。
    その方は、包みひとつだけではなく、いかに日本のデパートが規則に縛り付けられているか嘆いていました。

    それを聞いて、アメリカの現代美術家マシュー・バーニーの「拘束のドローイング」という映画を思い出しました。
    彼のパートナーのビョークといっしょに捕鯨船の中で日本風の結婚式をやって、心中するというへんちくりんな映画なのですが、その冒頭に登場するのが、モノを包む様子をクローズアップしたシーンだった。
    「包む文化」を「拘束」と結びつけて語っているということでしょうか。
    そういう風に話をもっていくと、なんだか否定的に捉えてるのかな、と危惧してしまうのですが・・・

    ところで、礼儀作法とか社会の息苦しさの問題は棚上げしても、
    「包む」ことは日本に根付いた文化だってことは、まちがいありません。
    着物だって包む衣服です。カーヴのある身体を平面で包むには、美しく包むために手順があるわけだし、着終わってたたむ時にも、着物を大事に保管する知恵がある。
    風呂敷だって、さまざまに変容する実に便利な鞄です。
    そういう作法や礼儀は、実は、洗練された所作の動きやより深いところでのエコな考えに基づいているのではないかと思うのです。
    ある日、こちらの職場でランチにおにぎりを持っていったら、注目されました。
    おにぎりにではなく、それを大判ハンカチに包んでいたことです。
    お弁当を包むのは、わたしにとっては当たり前だから、注目されたことに逆にびっくりでした。
    季節の柄が入った布にさりげなくくるんで持ち運び、テーブルマットにも様変わり・・・
    マジックですよね。少し得意な気分になりました。(そういや、おにぎりだって包む食べ物)

    付け加えますが、だからこそ、ヨーロッパに観光旅行される方に一言ご忠告したい。
    包むのは日本独自の文化なのだから、逆に、外国にもそれを期待しないでください。
    ハロッズとかの高級デパートで、お土産にと、たくさんお買い物する際、友人や家族に渡すときに小分けできるように、デパートのロゴが入った袋などをたくさんもらえると思わないでくださいね。日本のデパートはするでしょうが。
    こちらでは、ぜーんぶいっしょに大きな袋にボン、です。
    ロンドンの高級デパートでそんな扱いを受けたことに憤慨した日本の方のブログを拝見しましたが、
    逆にいえば、店員からいやな顔をされて当たり前、憤慨すること事体が筋違いなのです。
    文化が違うのですから。
    そして文化というのは違って当たり前なのですから。


    (01/10/2012)

  • ハイテクの墓場に生きる:Pieter Hugo の写真

    ハイテクの墓場に生きる:Pieter Hugo の写真

    白濁した背景。
    そのど真ん中に、黒人の男が険しい顔をこちらに向けて立っている。
    左肩には古びたタイヤ、頭には様々な色のコンピュータ配線の絡まった塊が、まるで伝統的な帽子のよう。
    荒廃したモノクロの風景に男のシルエットが、そのまなざしが、くっきりと力強く、厳しく、かつ悲しい。

    フォトグラファーズ・ギャラリーで南アフリカの写真家Pieter Hugoの「Permanent Error」が行われています。
    ガーナの首都近郊にある、広大なハイテクノロジーの廃棄物処理場で撮影された写真シリーズです。
    処理場とはいっても、近代的に整備された施設ではなく、ただの野焼き状態の、たいへん有害な環境。
    青い空などどこにもなく、空気は澱み、異臭を放ち、のどに突き刺さる。
    その中に住みながら、リサイクルの仕事で日銭をかせぐ労働者たちのポートレートです。

    私たちは、貧富の差が地球規模で蔓延していることを知っています。いや、「知っている」と思っている。
    でも、どこまで「知っているっていうの?」 そう、この写真展は問いかけてくるのです。
    ひょっとしたら、もう無感覚になってしまって、見て見ぬふりをしているだけなのかもしれません。
    Hugoの作品は、テクノロジーが進化をし続けるその華やかさと平行して、今も、地球のどこかで貧困や不正が留まる気配もみせず、ひたひたと進行していることを、実体的に思い出させます。

    わたしは写真の中の男も女も笑っていないことが、気になりました。
    シビアな問題を取り上げているのだから、当たり前のようにも思えます。
    しかし、南アフリカでの体験から、どんなに生活が苦しくても、人々は写真を撮られることが大好きだったことを思い出す。カメラを向ければ、必ずといってよいほど笑顔を見せてくれたものです。
    Hugoの場合も、その場かぎりの撮影なら、人々はそう反応したのではないかと想像します。
    では、彼らの真剣なまなざしはどこからきたのか。
    それは、Hugo自身が被写体となった人々と、この貧困の問題、環境問題についてじっくり話をしたからではないか。
    そこでしか生きられない彼らの生について、共に語りあったからこそ、人々の現実が彼らの表情を通して表れたのではないかと、思うのです。
    だとすれば、それは、裏返ってわたしたちの現実でもある。
    そして、私たちも「真剣なまなざし」でこの現実を見据えないといけないのではないか、そう考えさせられた展覧会でした。

    (17/08/2012)