美術館で、イラク女性に声をかけられた。

展示ギャラリーの中心に置かれた鉄の塊、元の形を留めないほどにクラッシュし、焼け焦げた車両。

これは一体何を意味するのだろうかと、さらに近づいていった時、ひとりの女性に声をかけられました。

「2007年に、バクダットの中心部で爆破された車です。

この車が停まっていた本屋街もブッとびました。ターゲットにされてたんです。

わたしも、実はバクダットに住んでいて、家族もいるんですが、つい先週も・・・」

ところが、わたしのほうは、このイラク女性が一体誰なのかが気になってしかたありません。そのうちに、彼女が居合わせた来館者でもなければ、館のスタッフでもなくて、「作品の一部」であることが、了解されました。

このよう鑑賞者に声をかけて、ディスカッションを「起こすこと」、それが「It is what it is」という題の「作品」なのだと気付いたのです。

 部屋の片隅にはソファがおいてあり、テーブルの上にはイラク戦争に関するパンフレットや写真集があります。向こう側の壁には、イギリスとイラクの地形輪郭線が描かれ、互いの都市名があべこべになって書きこまれている。

 いずれにしても、これが「美術館」という場でなければ、街角の反戦キャンペーンだと思われても、ちっとも不思議ではない。しかし、これはロンドンのヘイワード・ギャラリーで行われている、コンテンポラリー・アート展なのです。

この展覧会をしかけるのは、ジェレミー・デラー、ロンドン生まれのアーティスト。2004年にターナー賞を獲得した時には、ビデオなどのアーカイブを使って、サッチャー政権時代にヨーク州で起きた炭鉱夫たちのストライキを再現しました。

そして、これは一体「ドキュメンタリー」なのか「アート」なのかと、社会を騒がせる結果になったのです。

 デラーは、芸術活動のはじめから「アート」の定義に対して真正面から取り組んできました。ある意味、表現形態に固執しているダミアン・ハーストなんかより、ずっとラディカルではないかと、わたしなどは思うのですが・・・。

いずれにせよ、デラーの挑戦は、単に、階級闘争や戦争問題に注目した社会派芸術だとは言い切れないものがある。むしろ、根底には「アート」の意味を問う提議があり、「美術館」という場への、

そしてわたしたちの「鑑賞」行為に対する問いかけとも、自然に繋がっていきます。

この作品が、ロンドンの帝国戦争博物館に置かれていた時には、違った意味が形成されたに違いありません。正直いうと、もう一度、同じ作品を見たいとは思わない。一度見れば、言いたいことはわかったと折りたためてしまう(デュシャンやウォーホールもそう)。

その反面、デラーの作品は、わたしたちの概念と現実社会の間に偏在する「ずれ」を喚起するし、あるトピックについて違う角度から考えさせようとする。そのアプローチには興味を覚えるし、これからも見守っていきたいアーティストだと、思うのです。

Jeremy Deller at Hayward Gallery  ~13.05.2012

記事:2012.3.31

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